2016年2月1日月曜日

バイロイト音楽祭 日本公演 特別演奏会(Bプログラム)を聴く

     1989.9.8   オーチャードホール

指揮:ジョゼッペ・シノーポリ                                           

合唱指揮:ノルベルト・バラッチ

演奏:バイロイト祝祭管弦楽団
    バイロイト祝祭合唱団

演題 作曲  R。ワーグナー

    ジーグフリート牧歌

    「さまよえるオランダ人」序曲

    「パルジファル」第3幕(コンサート形式による全曲

    配役
       パルジファル/ライナー・ゴールドベルグ
       グルネマン(老騎士)/マンフレート・シェンク
       アンフォルタス(城主の息子)/エッケハルト・ウラシハ
       クンドリー(妖女9/ウタ・プリエフ

渋谷の文化村に、オペラ可能のクラシック音楽劇場ができ、そのこけら落としに「バイロイト音楽祭」の引っ越し公演が行われた。過去日生劇場の開場の際は、ベルリン・ドイツオペラの引っ越し公演であったことを想いだした、1963年のことですでに四半世紀昔だ

バイロイト音楽祭は、ワーグナー作品の専門劇場である。所縁の演奏者たちの演奏に聞き惚れた。ワーグナーの響きは特有な音響がする。

「ジーグフリード牧歌」の誕生秘話は面白い。ワーグナーは2度目の妻であり最愛のコジマ(リストの娘)とルッツエルンの湖畔で過ごし、前夫との離婚が成立し、さらに長男ジークフリードが誕生、
クリスマスの朝、15人の音楽家が奏でる美しい音楽で目覚めた。ワーグナーの指揮である。
後年編成を直して「ジークフリード牧歌」として公開した。自分だけのものにと、コジマは公開を嫌ったという。憧れに満ちたこの旋律は<ジーグフリードの動機」として親しみ深い。

「さまよえるオランダ人」序曲は、ハイネ原作の物語である。荒筋は小澤音楽塾の上演(   頁
を参照されたい。ワーグナー自身の体験もある音楽だ。

「パルジファル」は1882年完成したが、この年のバイロイト音楽祭で16回上演され大成功を収めた。聖杯をめぐる物語である。紆余曲折の末、妖女ケンドリー死し、聖杯はパルジファルの手に輝く。ワーグナーは同年9月心臓発作で69歳の生涯を終える。
執筆中の論文「人間性における女性的なものについて」は、<愛―悲劇性>の言葉を残して
終わっていた。ワーグナーならではの終焉であったのだ。




2015年4月25日土曜日

おわりに


                        おわりに
               

人間には、避けられない死という宿命が、音を聴く者に、哀しみと美しさを意識させる。だから音楽は、哀しみと美しさ表現する時、もっとも感動を引き起こす。すべて芸術は人間の生・死と向き合うと、哀しさと美しさが表われると思います。 

加齢の今、その宿命が(わが)()を襲い、その哀しみの情が音楽を聴くことを求め強要します。そして究極として<死とはあなたにとって何か>と問われ、<モーツァルトが聴けなくなることだ>と答えた人のように、音楽に対する恋慕がうまれてきます。 

音楽は、言語・文学・絵画より先に存在しました。宇宙誕生の時から存在していました。草原の間を抜け、大樹を揺るがす音、そして武満徹が愛した草の葉間を抜けるヒューという(かぜ)()(おん)、人間が考案する以前に自然が音楽を奏でていたのです。だから最も自然なるものが音楽でありました。 

「私のクラシック音楽の旅」は私の個人的な感情、感想の日記替り(がわり)のようなものと思っています。音楽は趣味ではなく生活習慣の一つとして処理しています。
喰って、寝て、歩行して、音楽を聴く、(すべ)て同じレベルであります。だから「私のクラシック音楽の旅」が知的とか高尚な趣味だと言われると、他人事に感じます。

瞬時に消え去ってゆく音楽に、私は限りのない憧憬を感じます。 

詩人ライナー・マリア・リルケは愛と死と神を自分の魂に聴き入りながら、美しく表現しています。

         <限りなき憧れの思いより>

   限りなき憧憬の中から、

   限りある行為が

   すぐにふるえながら折れ曲がる弱々しい噴水のように立ち上る。

   だがいつもは口を閉じて語らぬ。

   私の悦ばしい力が、この踊る涙のような、

   消え去る水のなかにあらわれる。

また、そんな情感を、詩人谷川俊太郎は美しく()んでいることを知りました。(「心」より引用

         <そのあと>

   そのあとがある

   大切な人を失ったあと

   もうあなたはないと思ったあと

   すべて終わったと知ったあとにも

      終わらないそのあとがある

   そのあとは一筋に

   霧の中へ消えている

   そのあとは限りなく

   青くひろがっている


   そのあとがある

   世界に そして 

   ひとりひとりの心に。                                


その  了

2015年4月20日月曜日

はじめに


高齢となった今、生きていてよかったと思う時があります。

詩人ホイットマンは「良い音楽や本に出会った時、あと700年生き延びてそれを極めたい」と言ったといいます。

最近同じ感慨が私を襲うことがあります。自己の生への止み難い欲望が私の中に潜在しつづけているようです。

所詮音楽的な感動・体験は個人的なものであります。

音楽は、私の生の中で生まれ、様々な感動を私に与え、浸透し、ひとときは離れ去っても、再び私に戻ってきました。

くも膜下出血で開頭手術を受け,生死をさまよい、屈折した心の後でも、「生きていてよかった」と思うことが多々ありましたが、そこには、音楽での感動の蘇りがありました。私は、その救いをバネにして生き永らえて来ました。もしそれらの感動が無ければ生きられなかったと言っても過言ではありません。

振り返ると、私の人生の貴重な時間の多くが、音楽に割かれ、彩りを添えてくれた事に気がつくのです。
生きている事の意味を求め、放浪の時、空間をさまよう時、音楽を聴くことが、自分を聴く事でもありました。

残された時間に限りが見えてきた今日、音楽は、私にとって有意義な啓示が聴こえて来る手段であり、実に、音楽を語ることは、私の唯一のカタルシスなのです。

「音楽は、一切の知恵・哲学よりも、さらに高い啓示をもたらす」とベートーヴェンは言いました。そうだ、音楽によって自分を聴き、奏でよう。
より高い啓示と、生を味わうために!

2015年1月14日水曜日

東京カルテット演奏会 

サントリーホール        1993.2.4

演題:

東京カルテット
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第1番OP18-1

弦楽四重奏曲第11番OP95「セリオーソ」

弦楽四重奏曲第9番OP59-3「ラズモフスキー第3番」

出演:
第1ヴィオリン:ピーター・ウンジャン

第2ヴィオリン:池田菊衛

ヴィオラ:磯村和英

チェロ:原田禎夫

東京カルテットはすでに20数年の年輪を経た。ジュリアードと桐朋学園の影響下に研鑽を積んだ。
又、2代目となる第1ヴィオリンにウンジャンを迎えた。人も知るパールマンに師事した人だ。
東京カルテットの奏じるベートーヴェン後期の演奏は定評があり、どれも、力強くてしなやかな弦が
豊かな人間味と男の美を表現する。初めて聞いた時その素晴らしい音に驚いたことを覚えている。

「セリオーソ」とは、厳粛にの意味であり、ベートーヴェンの指示による。
力強い反面、幻想的な曲である。

「ラズモフスキー3番」は、一番華麗な曲だ。最終のフーガの奔流がいい。


ハンガリア弦楽四重奏団演奏会

東京文化会館1969.10.31

ハンガリア弦楽四重奏団
出演:

第1ヴィオリン:ゾルタン・セイケイ

第2ヴィオリン:ミヒャエル・カットナー

ビオラ:デ―ネシュ・コロムサイ

チェロ:ガブリエル・マジャール

演目:

ハイドン:弦楽四重奏曲ニ長調OP.64-5「ひばり」

モーツァルト:弦楽四重奏曲ハ長調K.465「不協和音」

シューベルト:弦楽四重奏曲ニ短調「死と乙女」


ハンガリア弦楽四重奏団は「弦の国」ハンガリア人4名で構成されバルトークの演奏で有名である。

ハイドンは、弦楽四重奏の父と呼ばれ83曲も作品を生んだ。「ひばり」は58歳のもっとも円熟した時期に書かれた代表的傑作である。第1楽章の第1ヴィオリンが高音で唄う第1主題がのどかなひばりの鳴き声を連想させることから名ずけられたものである。
モーツァルトの「不協和音」は、第1楽章のアダージョに不協和音が響くので名ずけられた。名作だ。

死と乙女」は主題が旋律的で、美しく、そして哀しい。

2015年1月13日火曜日

上石りえ子リサイタル

ヤマハホール  1986.11.28


演題:
恋は売り物

デューク・エリントン・メドレー 
上石りえ子

ソリチュード

唄を忘れよう

A列車で行こう

リンゴ追分

星に願いを

4ッのお願い

ダニーボーイ

上石りえ子は、東京女子大を卆業後、ロスアンジェルスの大手企業に勤務していたが、ジャズ好きがこうじて退職し、ジャズの勉強をしプロになった変わり種である。
帰国し鈴木章治とリズムエースの専属ヴォーカリストとなり、かたわら銀座のジャズクラブで唄い、ファンが多くなり店長格で経営に参加した。志摩夕起夫・野口久光・いそのてるおなど、ジャズ愛好者が多くなり,また演奏家たちも鈴木章治をはじめ多く参加した。

私も、彼女ファンの友人に誘われて、通ったものだ。友人は、リエちゃんが好きで誕生日に赤いバラを100本?もってゆき、りえちゃんを驚かせた.雨中花屋を共に渡り歩きさがし集めた。私は、ジミーさん(ミッキー・カーチスの父、雪村いずみの義父)と仲がよかった。彼はとても気性がよいドイツ人でドラマ―であった。演奏後は、私の席に来て飲んでいた。気があって冗談を言い合った。

りえちゃんは、日本人では数少ない正確な英語の発音、りえ子節ともいえる短いフレイジグ、そして曲の情感を大事に唄う。
リズム感は日本人離れをしていて、江利チエミなど足元にも及ばぬだろう。あれ・・クラシックの旅だったっけ!

愛聴盤:上石りえ子  ライブ・アット・ギンザヤマハホール(LP)
              宇宙人応答せよ

グルダによるモーツアルトの夕べ

ウィーン・コンチェルトハウス               1995.11.3

会場に到着17:30  開始19時30分と分かり席で待つ。更にグルダに事故あり21時開始となる。誰一人文句を言う人がいない。雑談して待つている。日本なら一騒動だ。

演題:
第一部 モーツアルト・リサイタル

第二部パラダイス・トリオとジャズ(チック・コリア)

第三部 ディスコ・パーティ

第三部 ディスコ・パーティ


トレーナにジャージのズボン、白のスニーカーで動き回る65歳にグルダは、明朝3時半まで弾いたという。私達は,二部の途中で帰った。グルダは奇才だ。彼のピアノは、歯切れよく、そして軽快ながら全体像がはっきり浮かびあがる。彼は又クラシック的ジャズを好み、第2部はその演奏だ。
彼の作曲したアリアを弾いたが、透明ないい曲だった。このアリアは、CDでも聴ける。グルダ・ノン・ストップというCDである。

又、彼の弾いたモーツアルトピアノソナタ全集は楽しみのモーツアルトが聞ける。


愛聴盤:グルダ・ノン・ストップ(1990)4のアリア





エルマン・バイオリン演奏会

芝・日活スポーツセンター

1955.10.20

演題:不明

3度目の来日である

エルマンは1891年キエフ生まれで、巨匠といわれたオイストラッフに対抗した。
粘っこく、重厚でヴィオラやチェロの響きを髣髴させる音色で、エルマン・トーンとして、人気があった。
エルマン・トーンの命名は、野村あらえびす(野村胡堂)らしい。

それにしても、会場は不思議な所だ。記憶にない。私の大学時代だ。場所はいま何だろう?


ジャン・ぺアース演奏会

 
 (メトロポリタン・テナー) 
  コマ劇場 

195?年4.26

内容不詳

新宿コマ劇場でクラシックとは!1950年代であろう。なつかし学生時代だ。
ぺアースはトスカニーニと親しく、NBCSO.でも共演している。凡庸だったとの評もある。
私の記憶はなく、入場券のみが手元に保管されていた。

パールマン・ヴィオリン演奏会を回想する

藤沢市民会館  
   1987.10.15

演目:
バッハ:無伴奏バイオリンソナタ1番

フランク:バイオリンソナタイ長調

ベートーベン:バイオリンソナタ1番

パールマンは1945年イスラエルに生まれた。
4歳の時小児麻痺になり下半身が不自由。
ジュリアード音楽院で学び、アイザック・スターンから、高い評価を受け、17歳でカーネギーホールでデビューした。
パールマン


カーネギーホールの1965.4演奏 ニューヨーク・タイムズ紙の批評より

「真に評判どうりのヴィオリニストだ。音は豊かで暖かく、音楽に合わせて脈打ち、また鎮まる。オクターブの奏法は実に見事だったが、それにも増して最後の楽章のハーモニックスのみじかい部分を、パールマンがヒューと通過した時は凄かった。彼の演奏を聴くときは―技術的、音楽的、そして取り分け人間的な―あらゆるレヴェルで喜びを生みだす。何故ならこの逞しい若者は特別な資質を、つまり心を持っているからである。」

愛聴盤:パールマンの演奏
 
              
バッハ:無伴奏ヴァイオリンの為のソナタとパルティター

      
 
モーツァルトソナタK.296,K.305、K.306

 ベートーヴェンソナタ9番、5番 春(アシュケナージ)



ハンス・ホッタ―・リサイタル

   産経ホール 1969.
ホッタ―
演題:シューベルト冬の旅

ピアノ:ドコウビル

ホッタ―は、有名なワグナー歌手だが、冬の旅でもその無骨な人格をむき出しにした名盤を4回も録音した。若々しく老成の年を感じさせない。

ディスカウは名職人的な上手さがあり、ホッタ―には人間的な潤いがある。
冬に旅の録音は多いが、個々人の味がでて違いを比較するのは面白い。


愛聴盤:ハンス・ホッタ―sony427・1969
クルト・モル1982
オラフ・ベアー1900
F.ディスカウ ムアー(ピアノ)(LP)
F.ディスカウバレンボイム(ピアノ) 1979(LP)
F.ディスカウ ブレンデル(ピアノ) 1985(LP)
ヒッシュ (LP)







































































アラウ・ピアノ演奏会

林光氏の評
 神奈川県民ホール  1987.5.8

演目

べト―ヴェン;告別ソナタ7番OP10-3  

リストエステの噴水

    ぺトラルカのソネット

    ダンテを読んで


魅力あふれる演目だ。特にリストは抜群だ。

アラウはチリ―の生まれで、11歳にベルリンでデビューした。一時貧困を極めたが、夫人の内助の功もあり、ナチスから逃れ、ニューヨークに移住し活躍の幅を広げた。中期以後のベートーヴェンは、詩情あれ、味わい深い。

 この日の[告別]も老成したベートーヴェンを演じた。

林光氏も高く評価し「作曲者の音による思考を把握し、それをピアノにより追体験している音楽家が、みごとに存在した。」と書いている。
人間味のある温かい音楽を、もっと聴きたかった。
私は、アラウの「ベートーヴェン・ソナタ全集」を
所蔵し聴いているが、名演だと思う。

愛聴盤:
告別
バックハウス;1959年(LP)グルダ、ゲルバー、ポリーニ
リスト;
ボレット、ブレンデル、ホロヴィツ

シュトゥットガルト室内管弦樂団演奏会

神奈川県民ホール1976.6.18

ミュンシュンガ―夫妻とシャガール(右)
指揮:カール・ミュンシュンガ―

ヴァイオリン:ゲオルク・バイノフ

演題
バッヘルベル/カノン

R.シュトラウス/6重奏曲「カプリッチョ」作品85より

グルック/オペラ「パリスとヘレネ」より

ヴィヴァルディ/{四季」作品8


ミュンヒンガ―は、バロック音楽が交響樂的すぎると批判し、従来からの演奏法から脱出を求めた。15人の楽団員が奏でるバロックは独自の音色を保つことに成功し音の響きの美しさを持った奏法に見事にまとめ上げられている。
バッハとモーツァルトを柱として聴く者に感動を与える。

内田光子ピアノリサイタル

1993.10.05 サントリーホール

演題:

ハイドン:ピアノソナタ第37番ニ長調

シューベルト:ピアノソナタ第15番ハ長調「レリーク」D.840


シューマン:クライスレリアーナOP.16

前回のモーツァルト演奏からの2年ぶりの来日である。この2年間はヨーロッパ各地やアメリカカーネギーホールで聴衆を魅了しつずけた。今回は2あく度だけの公演で、しかもモーツァルトを弾かない。
しかし、ハイドンからシューベルト、さらにシューマンの流れは内田光子の取り組みの潮流に乗っている。

当夜も豊かな知性に支えられた内田の音楽を聴かせた。
内田の音楽は緊張感に満ちている。しかもその緊張は、聴く者をこばらせ、委縮させるものではなく、むしろのびのびと自由なしなやかさをもっているのだ。


ハイドンはピアノソナタを50数曲も書いた。モーツァルトはハイドンを崇拝し、ハイドンに捧げし弦楽四重奏曲の名作を残した。第37番にもハイドンの円熟した作曲技法が見られ、第2樂章は美しい。

シューベルトのレリークの意味は遺作という意味で死後発見され、美しい抒情をたたえ2楽章で未完だがシューベルトらしい名作として愛されている。

クライスレリアーナは後に妻となるクララへの想いを作曲したと語っていて、全体が8つの小品からなり、激しい情熱と瞑想的な世界が交互に現れる。演奏数が多い曲だ。

ウィーン・リング・アンサンブル演奏会

茅ヶ崎市民文化会館      1994.1.14

ウィーン.アンサンブル
演目
J.シュトラウス2世  「こうもり」序曲

ツィ―ラ―  ワルツ「心地よい夜に」

J.シュトラウス2世  アンネン・ポルカ

皇帝円舞曲

ツィラ―   ポルカ「生粋のウィーン子」

J.シュトラウス2世 ワルツ (春の声」

  
J.シュトラウス1世  ケッテンブリュッケ・ワルツほか

茅ヶ崎では,恒例化しているウィーンのワルツが今年も行われた。アンサンブルの構成は、ヴィオリン2名、ヴィオラ1名、チェロ1名、コントラバス1名、フルート1名、クラリネット2名、ホルン1名、全体で9名である。ウィーンフィルの首席奏者やソリストが多く、レヴェルは高い。ワルツやポルカなしで都市ウィーンの文化は成り立たないだろう。街にも、ホテルでも、BGMはウィーンワルツだ。

ウィーン八重奏団演奏会

神奈川県立音楽堂     1991.5.11

作曲家:W..A.モーツァルト

演題

八重奏団
セレナードト長調K.525[アイネ・クライネ・ナハトムジーク」

ファゴットとチェロのためのソナタK。292

クラリネット五重奏曲K.516C

デヴェルティメント変ロ長調K.287


「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は、モーツァルトらしい明快で優美な美しさに満ち溢れている珠玉の傑作である。とくに第三楽章がいい。
ファゴットとチェロという二つの低音楽器のためのユニークなソナタは、華やかな表現が光る。
クラリネット五重奏は、K622とともに、愛されている曲である。私は数あるレコードのうち(ウラッハ)のクラリネットが最も好きだ。
デヴェルティメントK.287は、スケールの大きい曲となっている。デヴェルティメントは王候貴族の食事等の際使われる実用音楽で、モーツァルトにも作品が多い。

ボリス・べレゾフスキー・ピアノリサイタル

藤沢市民会館      2002.2.2
べレゾフスキー

演題
シューマン/ソナタ第1番ヘ短調

シューマン/トッカータハ長調

ショパン/スケルツオ第1番ロ短調

ショパン/スケルツオ第2番変ロ短調

リスト/巡礼の年第2年(ヴェネツアとナポリ)

リスト/メフイスト・ワルツ第1番

1990年チャイコフスキーコンクールで優勝、CDも多く、諏訪内昌子との共演CDスラヴォニックがある。

ソナタ1番は、後に妻となるクララ・シューマンへの心の叫びといわれる。

トッカータは、ポエージに富んだいい曲で心地よい。

スケルツオとは、イタリア語で(冗談)の意味でベートーヴェンがメヌエットを転化して以来使われてきたが、ショパンはこれを独立させ、自分の絶望や憂鬱を告白した深刻な音楽へと更に転化させた。

1番は1831年に作曲されたがワルシャワ蜂起の暗い影がショパンの民族的感情を刺激したらしい。第2番はショパンの最も有名な曲の一つで曲の冒頭は聴く者に強いインパクトを与える。

リストは(ピアノは私自身、私の言葉、私の命)と断言し、「巡礼の年」はジュネーブに居を構えヨーロッパを演奏中の(旅のアルバム)で、第1年はスイス、第2年3年はイタリアであった。

メフイストは、ファーストの戯曲によるリストの名技法に酔う曲である。

シビリアン・カッアリス演奏会

 藤沢市民会館  1987.04.16

カッアリス
演題
シューマン  子供の情景

リスト     孤独の中における神の祝福

シューベルト 即興曲 D946-1~2

ベートーヴェン 3番{英雄}変ホ長調OP.55

 
シュウマンは夢見る様に情感が揺れる。カッアリスは、子供の情景は前年に録音、英雄は85年に録音し、手慣れた曲目だ。音の美しさ、分節化と、詩情豊かに謳い上げ、濃厚なロマンティシズムをかんじさせるシューベルト出会った。

彼は又ベートーヴェンの交響曲をピアノ曲に編曲したものを意欲的に弾いている。すでに、3番5番6番7番9番を録音した。魅力的なピアニストだ

内田光子/イギリス室内放送管弦楽団演奏会

 

     サントリーホール 1987.02.25

CD盤
指揮者:ジェフリー・テイト 

演奏:イギリス室内放送管弦樂団

1987.02.25

モーツアルト  ピアノ協奏曲13番、23番

          交響曲第36番

1987.03.04

モーツアルト  ピアノ協奏曲第14,26番

          交響曲第40番

1987.03.06

モーツアルト  ピアノ協奏曲第5,27番

          交響曲第41番(ジュピター)


内田とテイトの共演は、1987年から1999年にピアノ協奏曲全集を完成させた。
内田は1982年毎週火曜日にモーツアルト・ソナタ連続演奏会をひらき、絶賛をあびた。
「ウチダの火曜日」は有名である。
内田の知的な、そして情緒的な、妥協を許さぬ演奏は、聴く者の身が引き締まるところだ。

内田の全録音はいつ聴いても心豊かになるのですべて愛聴している。中でも好きなのは私がたまたま聴いた日のライブ録音;モーツアルトー1991.5.15,17(サントリー・ホール)
です。

ポリーニ講演会 

   サントリー・小ホール   2002..11.13 と    2002.11.18

ポリーニ
ウリツィオ・ポリーニついては、ショパンのエチュード・プレリュードと後期シューベルト・ピアノソナタ集のCDを聴き、大理石の彫刻のごとき彫りの深さに驚き、研ぎ澄まされた音の響きに畏敬の念を感じていた。

そのポリーニが音楽についてピアノ演奏なしの講演をすると聞き2回受講した。イタリア語で話し、通訳がアナウンスした。
かなり難解な、感覚的な話で良く分らなかった。講演では、大学の教師のような風貌で訥々と話した。

序に吉田秀和氏のポリーニ評が的確だと思うので、紹介する(吉田秀和著・世界のピアニスト)

{ポリーニの演奏には、燃えるような強烈なダイナリズムと非常な速さで走ってゆくアレグロの音楽の中に、きれいに歌がきこえるという魅力があるのだが、その反面、奇妙な冷たい感触をもったピアニシモの世界があり、それを現代風の演奏とよぶのも多分的外れではないだろう。それはいわゆるロマンティックな気質とは違い、むしろ感覚的でしかも理知的な肌合いが強いのだ・・・}

私は1989年、1993年と2度聴いた。、まったく同感である。

愛聴盤:ポリーニの名盤;ショパン プレリュード・エチュード(OP25,10)
シュウベルト さすらい人幻想曲
ショパン ポロネーズ集
シェーンベルグ OP19,11,23,25,33