演題
シューベルト:ピアノソナタハ短調D.958
ピアノソナタイ長調D.959
ピアノソナタ変ロ長調.D960
感動に満たされたリサイタルであった。内田は更に進化を遂げている。D.959の途中から彼女の表情は曲に取り憑かれた妖女となり、涙が頬を濡らした。
聴衆にも見えて、伝わった。同じ感情が会場に充満した。私も生涯忘れることのできぬ感動の一夜であった。
1822年、25歳のシューベルトは、梅毒の診断を受け、強く死を自覚し、生を深く突き詰めていくようになった。本日の3曲は1828年9月,死のわずか数週間前に作曲された彼のこの世における遺言でもある。
私は、後日内田光子へのインタービュ記事を目にした。
内田のシューベルト感がよく表現されているので紹介しよう。
内田はいう。「シューベルトは・・また会いましょう・・がなく完全な消滅の別れを作曲しました。シューマンは・・また会えるかもしれない・・という希望を残して作曲してます。」と。
このインタービュ記事で、内田光子が泣いて弾いた必然的な気持ちを、私は理解した。彼女は決して情に溺れたのではない。ただ音楽の持つなにか深い物のなせる技で、内田はシュウベルトの化身だったと思う。
内田光子の音楽に、早いうちに「また会いたい」・・