2015年1月3日土曜日

ウィーン交響楽団1986年末ベートーヴェン 第9番を回想する

ゥィーン交響楽団   1986.12.31

ウィーン・コンチェルト・ハウス

ベートーベン:交響曲  第9番  OP125  


休憩時のひととき
シュミット夫人の手配により、年末の恒例9番にたどり着いた。

指揮者:PETER SCHNEIDER

演奏:ウィーン交響楽団

ソプラノ: ANA PUSAR
アルト:  MARGARETA HINTERMEIR
テナー:  ジェームス・キング
バス:   RUGGERO RAIMONDI


日本では恒例の9番だ。「歓喜の歌」で今年を終わろう。
指揮者のシュナイダーは、85~87年バイエルン国立歌劇の音楽監督を務めていた。ソリスト4名は当時のベストメンバーといえる。ジェームス・キングは高音域で張りと伸びのあえる声で名高く、歌唱力を伺わせた。ソプラノのANA.PUSARは、透明感のある声量で貫禄があった。

ベートーヴェンは54歳、真の歓喜をうるため自分自身を叱咤し立ち上がった。この曲は終結部のシラーの頒歌[歓喜に寄す」にむけ第3楽章まですすみ、オオ!フロイデ!とバリトンのソロが始まリ魂を引き裂く。そしてベートーヴェンは昇華される・・・

 再考のため、シラーの{歓喜に寄す}の一部を記す。

<おお友よ!この調べではなく、さらに心地よい、さらに歓びに満ちた調べを、ともに唱おう。
全てこの世にある者ら、自然の胸から歓びを飲み、すべての善人も、すべての悪人も、歓びの薔薇の小道をゆく。
そして最後合唱は、ひれ伏して祈るか?億万の人々よ、創造主を心に感じるか?世界の民よ。星空の彼方に、主をさがし求めよう!星達の上に、主はすみたもうのだ!>で終わる。

だが私は,「歓喜に寄す」が、運命への抵抗と激しい悲しみの叫びに聴こえる。彼は快癒への最後の望みも断たれ、自ら命を断とうとする危険の淵に立たされていた。、ただ不屈の道徳心のみが彼を支えていた。

彼の「ハイリゲンシュタットの遺言」から引用しよう。

「私を支えてきた最も高い勇気も今では消え失せた。おお、神のみこころよ。たった一日を。真の歓喜のたった一日を私に見せて下さい.真のよろこびのあの深い響きが私から遠ざかってからすでに久しい。おお我が神よ、いつ私は再び悦びに出会えるのでしょう?・・・その日は永久に来ないのですか?…否、それはあまりにも残酷です!」

また、遺言には、「このままではとうていやりきれない。-運命の喉元をしめつけてやる。
断じて全面的には参ってやらない。おお、人生を千倍にも生きられたらどんなにいいか!」
と書いている。あと700年生きたい人もいたが、べートーヴェンは、なんと1000倍だ!

交響樂第9番は、ベートーヴェンの最後の魂の叫び声に聴こえる・・・

終了後、STADTKRUG(レストラン&バー) で年越し。ジプシー3名の音楽演奏は何やらもっぱら我々の方に向けている。チップの額に頭を使った。来年は、いい年でありますよう!乾杯!

アンナ・プサー
指揮者シュナイダ