2014年12月9日火曜日

ミラノ・スカラ座「ボエーム}を観る


指揮カルロス・クライバー
神奈川県民ホール 1988.9.30

作曲ジャコモ・プッチーニ

指揮:カルロス・クライバー

                    演奏:ミラノ・     スカラ座管弦楽団
合唱:ミラノ・スカラ座合唱団

配役
ロドルフォ/ぺ―タ・ドヴォルスキー


ショナール/アントニオ・サルヴァド―リ

ブノワ、アルチンドロ/クラウディオ・ジョンビ

ミミ/ミレルラ・フレーニ

マルチェッロ/ジョナサン・サマーズ

コルリーネ/ジョルジオ・スルヤン

ムゼッタ/バーバラ・ダニエル

クライバー指揮のスカラ座、そして現代最高のミミ役フレーニ。これ以上の「ボェ―ム}はない。
ボェ―ムの初演は1896年トスカニーニが指揮をした。以来約90年間名オペラとして全世界で愛されてきた。
ロドルフォの(冷たい手を)、こたえて(私の名はミミ)、外はクリスマス・イブの賑わい。
胸の病が不治とわかり、別れを告げる(ミミの別れ)、そして哀しい最後の別れがくる。
プッチーニ・オペラの真髄にふれる。

吉田秀和さんの評(朝日新聞)を紹介する

<まれに見る名演で、終生忘れがたいものになろう。フレーには天下一品のミミだった。更に記念碑的出来栄えのもととして、特筆すべきは、カルロス・クライバーの管弦楽の演奏。これはもう伴奏などというものではない。名歌手の揃った舞台にもう一人の稀代の歌手が加わったような音楽を聴かせた。それでいて少しも歌にかぶさったりして邪魔をしない。むしろパステル画のように精妙で、しかも微妙な色彩をふんだんに交えながら必要とあればルーベンスやルノワールにも劣らない極彩色で音の劇を描き出すこともじさないのである。>と最大級の賛辞であった。

吉田さんの賛辞がすべてを言い表している。付け加えるのは野暮なことだ。
しかし残念ながら、スカラ、クライバー、フレーニによる入神の音楽に別れを告げる時も、容赦なしであった。これぞオペラであった。


2014年12月8日月曜日

バスティユ・オペラ 
<マホガニー市の興亡>1995.10.28


演奏:パリー国立オペラ合唱団・交響楽団

作曲:クルト・ヴェイル

指揮者:  ジェフリ・テイト

配役
   べグビク;?
   ジム;ジェニー?  記録紛失

ヴェイルによるいわゆる三文オペラだ。
話の筋は他愛のないものだ。悪徳の町浮浪の民と化した人々を描き、ドンチャん騒ぎのなかで、市は興亡を辿る。主人公のジムは最後絞首刑で死ぬ。演出の面白さが売り物か。
主人公はジム・マホニー、他の3人とアラスカで木こりをしていた皮肉や風刺に満ちた会話が一杯という。因みに悪徳の町の親分の名は、トリニティ・モゼフで、聖人モーゼをもじっている

HVDでも発売されており、人気はあるらしい。パリっ子は、ゲラゲラ笑ってこのオペラを鑑賞するのだろう。









2014年12月7日日曜日

カルメン        ウィーン 国立オペラ劇場       1961.10.15

作曲:ビゼー

プログラム
指揮:フォーレスター

出演:
カルメン:ミレ・グレース・バンブレイ
ドン・ホセ:ウィリアム・アルパイン               エスカミ―リョ:ジュリアン・ハス
ミカエラ:ベルキー

カルメンは、分り易い物語で、ドイツ語で唄われても意味を考えず、音楽の旋律や声量や演技に酔いしれる事が出来る。
中でも、「ハバネラ」や「闘牛士の歌」は幼少の頃から口ずさんだ好きなリズムである。
振り返ると、生涯で「カルメン」は数度鑑賞したが、この上演
が最初の「カルメン」であった。後でわかった事だが、主役カルメン役:グレース・バンブレイは黒人でオペラに主役として登場した歴史的経歴の持ち主であり、私はその初日を
鑑賞していた!


バイブレリは野卑なカルメンを上手く歌い上げた。彼女の気性は激しく、しかも哀調に富んでいる。
1961年は、24歳、デビューの歳である(此の度調べて判明)初の黒人歌手として話題の人であった。偶然の機会で、知らなかった。


2014年12月6日土曜日

ウィーン国立オペラ  ウィーン国立劇場  1986.12.28

演題:ベートーヴェンフィデリオ

指揮:ハインリッヒ・ホルライザー


出演者
フロレスタン:ジェームス・キング
レオノ―レ:ギネス・ジョーンズ
ドン・ピツアロ:ハンス・ヘルム
ロッコ:クルト・モル
マルツェリーネ:エリザベス・ガレ

感動は人を無言にする。涙が止まらなかった。フィデリオは、ベートーヴェンの唯一のオペラである。
物語は、女性に裏切られ続け、婚約者テレーゼからは婚約解除され、唯一愛した甥カールに自殺されたベートーヴェンが、夫フロレスタンを暗殺者の手から救い出すためにフィデリオに変装した妻レオノーレとの夫婦愛と、フィデリオに恋した若い娘の失恋を、「相思相愛の歓び」、「片思いに悩む者」の2極として、作曲したものでである。共通の人間愛を賛美するベートーヴェンらしいオペラだ。
「フィデリオ」は、ベートーヴェン自身の現実でもあったのだ。

指揮者ホルライザ―は、ギネス・ジョーンズと相性が良く共演が多い。
当演出者の5名は当代最高の組み合わせであった。

第1幕のレオノ―レの有名なアリアは、ダイナミックに難曲をうたい、ギネス・ジョーンズの高い技術を伺わせた。

それにしても、絢爛豪華なキャストである。巨匠カール・ベームは「フイデリオ」を(自分の運命のオペラ)と呼び録音したレコードは名盤となっているが、フロレスタンとレオノーレは、当出演と同じ組み合わせであった。

私は、偶々聴くことが出来、僥倖に感謝する。


愛聴盤:フィデリオ
     指揮 ジョージ・ショルティ
        シカゴSO.



2014年12月4日木曜日

ウィーン国立歌劇場  ・ボエーム 

1986.12.30   曲:プッチーニ



配役: 
 ミミ  カレン・エスぺリアン
 ロドルフォ  ぺタ―・ドヴォルスキー
 マチェルロ ハンス・ヘルム
 ショナール ゴットフリード・ホルニク


ミミとロドルフの独唱は、いつ聴いても哀愁に富み心にしみる。

「冷たい手を」「私の名はミミ}{愛らし乙女よ」「もう帰らないミミ」「皆行ってしまったのね」物語の筋は書くまでもない。

聴衆に世界で愛されてきたラ・ボェ―ムよ、永遠に人の心に残り「片隅の愛」が世に潜在していることを忘れさせるな。

開幕前、ロビーで盛んにアナウンスしていたが、意味が判らなかった。帰りの時間は遅く、事前にタクシーを予約しろとの事であったらしい。閉幕し外に出ると皆は予約のタクシーで帰る。
、タクシー待ちの行列は長く、ながしのタクシーは来ない。あきらめて徒歩で帰る。思いがけない遠足となった。妻とマックを探し軽食で済ませてホテルに着く。12時就床する。


愛聴盤:ラ・ボェ―ム
     1.  カラヤン指揮 ベルリンSO。ミミ:フレーニ、ババロッティ (LP)
     2.  セラフィン指揮 ローマ聖チュチーリア管弦楽団 1959年

2014年12月3日水曜日

オペラ・後宮への誘拐     チューリッヒオペラ劇場   1997.6.27

作曲家:   モーツアルト  K.384
指揮:     アダム・フィツシャー
配役:
    コンスタンツェ;ELIZABETH・NAGUNUSON
    ベルモンテ;ROBERUTO・SACCA
    べトリルロ;MARTIN・ZYSSET
    オスミン;ALFRED・MUFF
    セリム(語り);GLORY・SCHUCHTER

モーツアルトが成功をおさめた最初のオペラである。
新聞では酷評されたが、大衆には受けた。妻コンスタンッエに夢中になっていた最中での成功だった。

モーツアルトの手紙 から引用しよう。

 
モーツアルトの洞察力が面白い。 「オスミンの怒りをご覧ください.歌が終わりそうに思われるところで、アレグロ・アッサイがまったく違った調子とテンポに変わり、非常にすばらしい効果をあげます。こんなに激怒している人間は、規律も節度も限界もすべて踏み越えてもはや我を忘れているのですから、音楽もそれに倣わなくてはなりません。しかし情熱というものは、激しかろうとそうでなかろうと、決して不快の念を起させるまで表現させるべきではないし、また、音楽はけっして耳ざわりになってはならず、やはり耳をたのしませる、つまり、あくまで音楽でなければなりませんから、僕はアリアの個性であるへ長調と無縁の音を避け、関係調ではあるけれど最も近いニ短調ではなくて、一番遠いイ短調を選びました。」と彼は書いている。
トルコ風
の舞台
    

クラーマーの音楽雑誌は、「後宮からの逃走」は、美しい樂想に満ちており、公衆の期待をはるかに超えている。そして、聴く者の心を奪う新鮮な着想は、極めて広範囲の聴衆から、極めて高い喝采を受けた・・・。

ホテルから電車で出掛け劇場にたどり着いた。原語でのプログラムが読めず、現地の日本人に聞いたが要領を得ない。かって日本で見ていたので筋書きだけは理解しながら「モーツアルトのイ短調」をきいた。
当時の流行であったトルコ風である。ドイツではトルコ風=東洋風なのである。

物語の筋は、海賊から太守セリムに買いとられ、後宮に幽閉されている恋人コンスタンツエを、ベルモンテが策略を巡らし、最後には太守が折れて帰国を許して、二人の愛が成就されるというものだ。

チューリッヒ歌劇場は






































2014年12月2日火曜日

ウィーン国立歌劇場 フィガロの結婚  1986.04.09 東京文化会館

第1幕
作曲 W.A.モーツァル

脚本ダ・ポンテ

指揮 エーリッヒ・ラインスドルフ

出演
伯爵 ヨルマ・ヒンニネン
伯爵夫人 グンドゥラ・ヤノヴッツ
スザンナ パトリシァ・ワイズ、バーバラ・                ヘンドリ ックス
フィガロ  アルベルト・リナルディ
マルチェリーナ マルガリータ・リロヴァ
ケルビーノ クララ・タカクス

管弦樂 ウィーン国立歌劇場管弦楽団
合唱  ウィーン国立歌劇場合唱団

伯爵夫人のヤノヴィツ、スザンナのバーバラ・ヘンドリックスフィガロのリナルディは、フィガロの常連だと思う。リナルディは47歳とあって声量には衰えがあるが艶やかだ。


ダ・ボンテ
それにしてもフィガロの結婚は、どうして上演数が多いのだろう。下流階級の上流に対する反発場面の所為か?モーツァルトとポンテは、王政崩壊をもくろみ当時革命的とされ危険思想として見られていた戯曲フィガロを取り上げ作曲した。ヨゼフ2世は芝居では禁止したが、オペラでは許可したのである。
大衆は初演からアンコールが止まず熱狂し好評であった。懸念する貴族からの妨害で、「フィガロ・アンコール禁止令」なるものが発令されたと言う

愛聴盤:カール・ベーム指揮、ベルフィルLP.
エーリッヒ・クライバー指揮、ウィーン・ PO.


2014年12月1日月曜日

バスティーュ・国立パリオペラ座

演題 <マノン>       

パリ国立オペラ交響楽・合唱団  バスチーユオペラ劇場 1997.06.29

ログラム
作曲家:  マスネー 
指揮:    ガリー・ベルティニー

配役:
マノン  ルネ・フレミング
騎士デ・グリュー;リチャード・LICH 
レスコ:JEAM・LUECHAINAUD
ギョー:LAURENT NAOURI
マゼット:ANNE・NARIA

当日は時間が空いたので、散策の予定だったが、バスティーュでオペラがあると分り、妻とオペラ座まででかけ、窓口に並んでチケットを取った。
丁度国立オペラ座は改修中であった。

フレミングは、まだ知られていず、CDは1枚出ていた。私も知ら無かったが、聴いているうちに大変な歌手だと分かった。まず声量がちがう。技法が深い。フレーニ―と違えたかと思い、妻と確かめたがフレーニでなく、フレミングという歌手だ。
彼女はその後アメリカに行き、現在はメトロポリタンオペラの女王として君臨し、いまやドミンゴの皇帝と共に、メトロポリタン・オペラを支えている。

私は、フレミングは自分が見出したと思うことにしている。そして大ファンとなった。来日の公演は、挨拶を兼ねて(勿論相手は知らない)必ず行く。

追記  
「ルネ・フレミング・ソプラノ・独唱会」の{私とフレミングの出会い}と礼讃を読んで頂きたい。
フレミングはメトロの女王




2014年11月29日土曜日

マーラー交響曲第4番、第1番「巨人」

サントリーホール 1991.11.21

指揮:ガリー・ベルティニ

マーラー
出演:ソプラノ;白井光子

演奏:ケルン放送交響楽団

合唱:ケルン放送合唱団

演題

交響曲第4番

交響曲第1番「巨人」

第4番の初演はグロテスクだと非難された。第2楽章は悪魔のヴァイオリンといわれる。第3楽章は美しく平穏、第4楽章はソプラノ・ソロ「子供の不思議な角笛」でマーラーが愛した民謡から採り、白井光子が唄った。
 
「巨人」は、ジャン・パウルの小説「巨人」から採用した。カッコウの鳴き声が美しい第1楽章、「さすらう若人の歌」の入る第3楽章、そして大音響のフィナーレは、まことに気持ちがいい。
 
巨人の録音盤は誠に多い。指揮者別に、テンシュテット、バーンスタイン、ショルティ、クリュイタンス、小沢、ワルターが手元にあり聴く。

英国ナショナル・オペラ「ピーター・グライムス」

  英国国立オペラ劇場1993.7.27

作曲:ブリテン

配役
:ピーター/フイリップ・ラングリッジ
エレン/ジャニス・CAIRNS
バルストロード/アラン・オピー
スウォロウ/アンドリュ・グリーナン

ウエールズ大学で日本語を教えている知人を、家人が訪問し、ウエールズの自然を満喫したうえ、ロンドンこのオペラを見た。
1945年初演され、上演は大成功だったと言う。物語の筋は暗く救いもない。少年殺害の疑いで審理を受けているピーターが、孤児院の少年を世話することになるが、その少年も海に落ちて死ぬ。
ピーターは、自らも命を共にすべく船を沈め命を絶つ。だれもが平常で幕が下りる。

ブリテンは、「青少年の管楽器入門」で知られるが、このピーター・グライムスが代表作である。

2014年11月27日木曜日

メトロポリタンオペラ [ばらの騎士]を観る

   2001.5.27 
伯爵夫人:フレミング
神奈川県民ホール

作曲:リヒアルト・シュトラウス

指揮:アンドリュー・デーヴィス


主演:ルネ・フレミング

ばらの騎士の聴きどころは、なんといっても元元帥夫人のアリアである。フレミングは、高い技法で哀愁ある表現の声で会場を圧した。
他の配役者も、多彩でメトの層の厚い事に感嘆する。

配役:
伯爵夫人/ ルネ・フレミング

オクタビアン/スーザン・グラハム

モハメッド/ レミー・ロヴェッリ

オックス男爵/フランツ・ハヴァラ―タ

元帥夫人の執事/バーナード・フィッチ


オックス男爵:ハヴァラ―タ
若い二人を祝福して身をひく元帥夫人の運命を受け入れる平静さの心情を音量、表現,音質で唄って行くのはさすがにメトロの女王といわれるフレミングの力量であろう。
4年前パリでマノンを聴いたときその声量に驚いたが、今は貫録らしきものが見について大スターに見えた。
オクタビアンのスーザン・グラハムは当代一番のズボン役だ。見事の一言に尽きる。

私は、2006.6.17NHKホールで,指揮パトリック・サマーズによる
「ばらの騎士」を、ルネ・フレミングの主演で聴いた。最後の愁嘆と死の場面では、舞台劇とでも見られないようなフレミングの演技力に驚いた。パリ以来のファンとしての義理?を果たした。

2014年11月26日水曜日

歌劇「さまよえるオランダ人」を観る

作曲:R.ワーグナー           1992.3.11

小沢征爾
指揮:小沢征爾

演奏:新日本フィルハーモニ交響楽団

演出にながわ幸雄

出演

オランダ人 ホセ・ファン・ダム
ダーラント  ハンス・ゾーテン
ゼンダ   エリザベス・コネル
エリック  若本明志
マリー   郡愛子


ワーグナーは、劇場の債務者からのがれるため、ロンドンまで船で脱出したことがあり、途中嵐に会い漂流した。その海の幻想的印象と船員たちから有名な「さまよえるオランダ人」の伝説を聴き、オペラへの構想を練った。

この伝説はハイネの小説でも取り上げられているが、ワグナー自身が台本を書いた。

物語は、「昔々、あるオランダ人が喜望峰で激しい嵐に会い、神を呪う言葉を吐いたため神の怒りをかい死ぬことを許されず永遠に七つの海を航海しつずける運命を負わされる。」
その呪いの船が幽霊船となり嵐の晩に出没する。というものだ。合計2時間30分のオペラである。

2014年11月24日月曜日

ベルリン国立歌劇団<モーゼとアロン>を鑑賞する  

   東京文化会館   2007.10.20   

指揮:   バレンボイム    

作曲:シェーンベルク

 
出演
       モーゼ:  ジークフリート・フォーゲル
       アロン:   トーマス・モーザ

合唱:  ベルリン国立歌劇場合唱団

このオペラは、当日都合が悪くなったオペラ好きの知人からの贈り物として頂き、聴くことができた。

この日は、天高く澄み渡った秋晴れだった。上野公園に1時間前に着き、公園内を散策した。都公認の野外アーチストが沢山いる。1人で9つの楽器を演奏する人もいて楽しんだ。

さて、肝心の演奏会だが、久しぶりに見るバレンボイムは髪が真っ白になっていた。
時代は移りピアニストが指揮者になり、しかもいまや一流の指揮者なんだから・・と感慨を巡らす。

モーゼは、ジーグフリードだ。青年の様な発声をして、しかも若々しい。彼の「冬の旅」を1989年に聴いたが、若い声は不滅で威厳に満ちている。音量も同じだ。

作曲は当初は全3幕の予定でであったが、2幕で中断された。未完のままになっている。 台本は旧約聖書の「出エジプト記」で神に救いを求めるエジプト人を描き、エジプト王に迫害を受けている同朋のイスラエル人救出をめざす。背景にナチスによるユダヤ人迫害という政治的な状況があるようだ。

兄のモーゼと争うアロン。そのバック・コーラスが凄い。2年間練習したという。この合唱は、日本では聴けない部類の高い水準のものだった。モーゼが単独山に登り
神に教えを乞う。留守中のイスラエル人は黄金の牛を作り偶像とする。モーゼは下山する。兄アロンは口上手、モーゼは神に愛される。

物語の中核となっている「神についての論争」は良く理解できなかったが、モーゼがイスラエル民族に告げる預言「神と一つに結ばれん」でこのオペラはとじられる。これがオペラとして現存することに文化の違い感じ、この機会をあたえていただいた友に感謝した。旧約聖書を読んでみようかなと思った。

2014年11月20日木曜日

ベルリン・ドイツ・オペラ「ローエングリン」公演

東京文化会館     1993.10.4
作曲リヒャルト・ワーグナー


指揮クリスチアン・ティーレマン

演奏:ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
合唱:ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団

演出:ゲッツ・フレードリッヒ

配役:国王ハインリヒ/マンフレート・シェンク

ローエングリン/トーマス・サネガード

エルザ/カラン・アームストロング

テルラムント伯爵/オスカー・ヒレブラント

オルトルート/ギネス・ジョーンズ

白鳥にひかれて登場する騎士ローエングリンは、エルザに「何処から来たかも、名前も素性も尋ねてはいけない」との約束で結婚する。しかし謀略のなかで、エルザは禁句を問いかける。騎士は秘密を明かし、ただ淡々と去ってゆく。聖杯の騎士パルジハルの息子であったのだ。
聖と俗の二つの世界を聴衆は理解する。ワーグナーは3000におよぶ書簡で彼の構想を述べていて、彼の音楽と文学、哲学をしることが出来る。

私は、1987年、ベルリン・ドイツ・オペラで「ニーベルングの指輪」を4夜にわたり聴いた。音楽も体力との勝負だと思った。ただワーグナー独特の旋律の美しさが体に浸みた。

ワーグナーをはじめて聴いたのは、フルトヴェングラーの(トリスタンとイゾルデ)の録音だった。とりわけ第3楽章(愛と死)は良く聴いた。音楽による哲学のようなものを感じた。

モーリス・ベジャールによる「ワーグナーの魅力」から引用すると、
「人間としてのワーグナーにもっとも惹かれるのは感動と構築性の両面を併せ持っていることです。彼は指輪を完成させるのに20年の歳月を費やしました。独特の複雑な構造と同時に絶えず生き生きとした感動が存在しています。」となる。

シェンクからギネス・ジョーンズまで、名歌手5人をそろえた名演を日本で堪能した。





2014年11月19日水曜日

ウィーン国立オペラ「ランスへの旅」

東京文化会館1989.10.28


ロッシーニ
作曲ロッシーニ

指揮:クラウディオ・アバト

演奏:ウィーン国立歌劇管弦楽団
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団

配役:
ゴリンナ/チェチーリア・ガスディア

メリベア侯爵夫人/ルチア・ヴァレンティーニ

フォルヴィルの伯爵夫人/レッラ・クベルリ

コルテーゼ夫人/モンセラ・カバリエ

シャルル10世の戴冠式の祝典に出席しようと、ランスへ旅する貴族達の1幕25場面のドラマオペラ?である。

オペラのドラマチックに欠け、お祭り騒ぎに終始するオペラは、エンターティメントの仮面を持つシニカルな面もあり、アバトの指揮はこの分析もなされた音楽となっている。

2014年11月17日月曜日

ロイヤルオペラ「ドン・ジョバンニ」演奏会

東京文化会館1992.7.9

作曲:モーツァルト

ドン・ジョバンニ:トーマス・アレン
指揮:ベルナルド・ハイティンク

管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団

配役:
レポレロ/クラウディオ・デズデり
ドンナ・アンナ/キャロル・ヴァネス
ドン・ジョヴァンニ/トーマス・アレン
騎士長/ロバート・ロイド
ドン・オッタビオ/ハンス・ペーター
シェルリーナ/マルタ・マルケ―ズ
マゼット/プリン・デルフェル

稀代のプレーボーイ・ドン・ジョバンニは、数々の悪行の末地獄の業火にのみ込まれる。この音楽の多彩さは、モーツァルトの天分無しでは生れぬ作品だ。

「これが恋人のカタログ」のユニークさ、「シャンパンの歌」、「ぶってよ、マゼット」のアリア、石造の騎士の歩み、等々このオペラの楽しみ方は尽きることが無い。このモーツァルトは、かなり難解な音ずくりをしていて、カラヤンは「ドン・ジョバンニ」の指揮を最後にまわした。因みにオペラ指揮ではカラヤンの代表作となった。

また、吉田秀和さんは、「フィガロ」よりも「ドン・ジョバンニ」がモーツァルトのオペラの最高作ではなかろうかと論じ、次のように書いている。
<なんと凄い音楽だろう!音楽の極めて高度な充実と、数あるこの天才のオペラの中でもとびきり上質な演劇的な深みを湛えた「ドン・ジョバンニ」をこれほど真正面から、これがもつ甘美と苦渋、死と愛が肌を合わせている音楽を鳴り響かせているのに成功したのは奇跡に近い。>と。

永年積み上げられた英国国立オペラの伝統の厚みが迫ってくる上演であった































2014年11月14日金曜日

第1部・・・私と音楽

2014年11月12日水曜日

私の音楽風土

そのⅠ・・・青春時代

「ベートーヴェンは、バックハウスがいいネ」
この一言が頭に残った。小学校低学年の私に、友人が言った言葉だった。 当時ベートーヴェンの名は知っていたが、バックハウスがピアノの巨匠であることなど名前も知らなかった。自宅では、手回しの蓄音機があり、鉄針で童謡を歌っていた頃だ。

未知の世界への興味が,誘惑となり、音楽が生活の一部に入ってきた。
上京し、大学生となった私は、当時盛んに催し物をしていた「東京労音」に会員登録した。本部が有楽町のガード近くにあり、クラシック音楽のLPを1週間無料で貸してくれるのを利用し、傷だらけのLPを自宅のプレーヤで聴きつずけた。たしか・・・名盤100選(野村氏)という本に従っていた。

私の音楽の旅の源流はこうして生まれ、土壌としての身体に浸み込んだらしい.。

先ずモーツアルトが好きになった。成立初期の{日本モーツアルト協会」のK.405会員となった。モーツアルト協会は、会員数が626名(モーツアルトの生涯作品数)で、世界各国にもある国際組織である。、1ヶ月に1回例会があり、ナマの音に接する機会が増えた。またN響の定期演奏会の会員にもなり、スウィトナー指揮のモーツァルトに聴き惚れた。

蛇足だが、妻も両会に入会しており、日本モーツアルト協会には私より早く入会していたことが結婚後判明した。「音楽は私の方が先輩ョ」といまだに威張っている。同じ会場で同じ音楽を聴いて育って(?)いたとは!そんな事を知らずに結婚した。・・・嗚呼、世間は厳しいし、狭いナ・・・

ナマの音楽といえば学生時代、神楽坂に下宿していたが、私のレコードの音が通路に漏れていたらしい。通行人の一人に、近くに住む高名の作曲家のお嬢さんがいて、音楽好きの学生ということで、ご自宅に招待され食事を頂いた。爾来その作曲家へ来る招待券が私に回され、私が代理を務め、演奏会に行き、耳をこやした。懐かしい思い出である。何時しか音楽を聴くことが生活の一部となった。

識者丸山真男はいう。「学問的真理の無力さは、北極星の無力さと似ている。北極星は道に迷った旅人に直接には手を取って導いてはくれない。しかし、北極星はいかなる旅人にも、ある方向を示すしるしとなる。旅人は自らの決断と責任で自己の途を求める。」と・・・(丸山真男著;自己内対話より)

私の人生の標の一つを、天空の北極星としての音樂に見出したい。私の命の通奏低音として・・・という意識が生まれたのは、だいぶん後のことであった。


        (モーツァルトの影絵)
そのⅡ・・・モーツアルトへの巡礼


1997年 モーツアルトの二つの墓に献花し、永年の想いを果たした。
最初に、ステファン聖堂の裏にあるフィガロハウスにいったが、公開日でなく、玄関で引き帰った。
別の日、予て知己のキャサリン嬢(ウィーン大学生、現在は弁護士)に案内され、墓参し、献花を果たした。

中央墓地のモーツアルトの墓に献花する
まず、モーツアルトが埋められたとされるマルクス墓地で献花した。
マルクス墓地は、ウィーンに住むキャサリン嬢も行ったことがなく、モーツアルトの埋葬実話も知らないという。訪れる人は少ないと推察した。
記念墓地の中央墓地は、訪れる人は多い。ここには、ウィーンに縁のある音楽家の墓が夫々のデザインで並んでいて、楽しい墓地だ。これらの音楽家の曲の多様性を暗示するかのように多様である。それにしても、マルクス墓地のモーツアルトは寂しく感じる。死の直前まで、弟子ジェスマイァーに口述しながら、レクイエムを作曲し完成、そしてレクイエムは、自身のための最後の曲となった。


雨中、見送り人は皆無で、共同墓地に埋められたのである。(その日は晴天であったらしいことが、最近の研究で判明した)
ベートーヴェンは、2万人のウィーン市民に見送られ国葬のように、その一生を終えたのに!
マルクス墓地の記念碑と墓 


初めてモーツアルトのあまたの住所を調べあげようとしたヴルツバッハの言葉を借りれば、「聖マルクス墓地とゆう名の最後のもっとも狭い住居へ」移って行ったのだった。


「モーツアルトは、この地上の客にすぎなかったということはある程度真実である。このことは最も高い、最も精神的な意味で妥当である。
彼に関する地上的なものは、何枚かのみじめな肖像画のほかには残っていないし、デスマスクもすべて壊れてしまったということと共に象徴的で、いっさいの混沌たる地上性の克服を意味し、純粋な音響のみが残されている・・・そしてそれは未来永劫に消えさることはないだろう。」--(アインシュタイン;「モーツアルト」より引用)

この日は、小雨の一日であった。夜ウィーン・オペラを鑑賞し、翌日電車でモーツァルトの生誕地ザルツブルグに向かった。


2014年11月10日月曜日

モーツァルトを訪ねて

ウィーンで、中央墓地とマルクス墓地で墓参を果たして、
ザルツブルグに行った。

ルツブルグでは、生家を見学、ホ―エンザルツブルグから街を展望、ザンクトペーター教会、バーム広場からモーツアルト広場を歩く。ミラベル庭園を行き、疲れてcafe「モーツアルト」に入り、昼食をとった。客の少ない静かな店だったので、生気を取り戻した。
夕方マリオネット劇場で人形劇「魔笛」をみた。
モーツアルテゥムに行ったが、一般人は入館禁止。扉を押したらすんなり開いたので、不法侵入し、玄関内で奥から聞こえてくる弦の音に耳を澄ませた後、退散した。




後方がモーツアルトの生家
モーツアルテゥム




2014年11月8日土曜日




モーツアルトの家(後方)
ザルツブルグを訪ねて

ウィーンでオペラを見た後、電車でモーツアルトの生誕地ザルツブルグに向かった。途中リンツを経由、車窓から街を伺った。交響曲36番「リンツ」はモーツァルトがザルツブルグからウィーンに帰る途中立ち寄り、書き上げた作品である。いま私は反対の経路をたどっているわけだ。「リンツ」は38番「プラハ」と共に私の最も愛好するシンフォニーで、スゥイトナー指揮のバイエルンSO.LP盤の演奏がいい。夢想にふけるうちに駅につきタクシーでホテルに行く。
モーツアルテゥーム



休憩後、ホ―エンザルツブルグに登り,城から街を眺める.生家に行き、観光客にあふれている部屋等を見た。そして魔笛の小屋と、名物人形劇を観る。モーツアルテゥムに行ったが一般人の入館は禁止されていたが扉を押すと戸がすんなり開いたので入って記念撮影をする。奥から学生の奏でる弦が聴こえた。フロレオポルズクローン宮殿にゆき、大きな池越しにアルプスの山並みを見る。カラヤンの住居も近いらしい。
静寂な、閑静な場所だ。大きな池とその背景にアルプスがそそり立つ。雪が残り寒い。人影もない。



フルレオポリズからアルプスがみえる。
リンツ

 
 


2014年11月6日木曜日

配役表と入場券
マリオネット・魔笛ザルツブルクで    1986.10.29
ザルツブルク名物の人形劇を見学した。魔笛だった。配役表が付いている。日本の歌舞伎役者みたいだ。
スピーカーが、やたら大きく聞こえた。観光の人々が多いようだった。帰り道の石畳の道をゆき、角のレストラン{モーツアルト」で、ウィーンナシュツェルを取る。落ち着いたいい店で気が安らいだ。客は我々だけだった。

続いてフローレオポルスクロース宮殿まで足を延ばし、大きい池越しにアルプスの雪山を見る。絶景である。。カラヤンの住居も近い場所だ。


ザルツブルグでの奥様:山が見えればご機嫌(フロレオポルズクローン宮殿から)








2014年11月4日火曜日

ベートーヴェンを慕う

ベートーヴェンは、わが青春の悲哀、歓喜、躍動につながり、いまも消えることはなく、生きつずけている。
2万人参列の葬儀

特にシンホニ―英雄・運命・田園・7番・9番は、フルトヴェングラー指揮の演奏で聴き惚れた。5番・運命の作曲時には、すでに聴覚を失っていたが、音響は何処で、如何に、唱っていたのだろうか。
1961年私はハイリゲンシュタットの遺書の家(ベートーヴェンハウス)へ行き、さらに1987年家人とその場所に立った。彼は少なくともウィーンで80回も引っ越した。
ウィーンの森に近いこの家で幾多の名作を書いたが、彼を満足させた周囲の美観は残されていた。

ベートーヴェンは、文豪ゲーテやモーツァルトにも会っているが、常に尊大な態度であったという。ベートーヴェンが散策した「ベートーヴェンの小径」はその景観を保ち、訪れる人も多い。ハイリゲンシュタットの小道を背を丸め、後ろ手で歩くベートーヴェンを想像しながら森を散策した。人影はなかった。
帰路ハイリゲンシュタットのホイリゲで、家人、キャサリン嬢とワインを飲み酔っぱらった。

ハイリゲンシュタットの展望





プラハ国立劇場オペラ「ドン・ジョヴァンニ」を観る

オーチャードホール1995.2.3

指揮:オリヴェル・ドホナーニ

指揮ドホナーニ
演奏:プラハ国立劇場オペラの管弦楽団、合唱団、バレ団

配役:

ドン・ジョヴァンニ/アンドレイ・べスチャストニイ

騎士長/イジ―・カレンドフスキー

ドンナ・アンナ/へレナ・カウポヴァ

ドン・オッタ―ヴィオ/シュテファン・マルギ―タ

ドンナ・エルヴィーラ/りーヴィア・アーゴヴァ

レポレロ/ルジェック・ヴェレ

マゼッ/アレシ・へンドレフ

ツェルリ―ナ/アリツェ・ランドヴァ

スメタナ、ドヴォルザークを生んだチェコ、そしてプラハ音楽祭のプラハ、プラハはお伽の街だ。
スメタナの「我が祖国」、ドヴォルザークの「ドウムキ―」は私の愛する室内楽曲だが、同時にモーツアルト交響曲38番プラハももっとも好きなモーツァルトの交響曲だ。小説「プラハの春」も面白かった。この女主人公がいい、聡明で、しかも美人である、

話はそれたが、「ドン・ジョバンニ」は、プラハで初演され、モーツァルト自身が指揮をした。プラハの民衆はこぞって支持し、公演は大成功であった。プラハの聴衆は世界に先駆けて、いくつかの
名作を認めている。

2014年11月2日日曜日

ワグナーを訪ねて


ワグナー館裏口で
 ワグナー美術館を訪ねる 
 
 ルッツェルンで、地図と観光ガイドの本をもち、バスに乗り出かけた。バスストップで降りたが案内の標識が何もないので、妻と相談し多分この道だと見当をつけて歩く。 細くて長い小道だ。途中,二人ばかりの人に出会っただけの寂しい街道をゆき、ワグナー館に30分でたどり着いた。

 
ワグナー館の大樹(指輪の大樹?)
 「R.ワグナー美術館」 と表示されている。 湖畔にあり、居間から、水面が見える。 彼の愛用ピアノもあった。 この家で、{神々のたそがれ}と「マイスター・ジンガ―」を作曲した。 私は、いわゆるワグネリアンではないが、ワグナー特有の響きは大好きだ。

 横浜で全曲をベルリン・オペラできき、感激したがこのような静かな湖畔から生まれたとは意外であった。

遠山一行氏のレクチャーを聴講


ベルリンオペラでマイスタージンガー
横浜で4晩の連続演奏を聴く

 


 
貧窮のワグナーは、裕福なパトロンからこの館を借りた。そのパトロン夫人が、リストの娘コジマであった。美人のコジマとワグナーは道ならぬこ恋に落ちたが、悲恋に終わった。
後にワグナーは「トリスタンとイゾルデ」を作曲し、「その愛と死」という名作を生んだ。最終楽章のあの引き裂かれてゆく愛の旋律は、ワグナーの心底からの叫びでもあったろう。最後のロ長調の和音はロマン派音楽の最終を告げていると言われる。

 余談だが                                                                    居間で落ちついて「指輪」全部を見ようとDVDを購入した。大部で20万円を払った。先日中古レコー屋で、同じものが、6500円で出ていてびっくりした。おそらく売るとなれば4~5000円だ。ワグナーも、罪深い人だ!