2014年10月24日金曜日

私のクラシック音楽の旅:


居間よりリョウブの芽吹きを見る
 
 山中に憩う  信州の旅no.117号掲載の拙文:「山中に憩う」より

(私は仕事で信州で暮らしたことがあり、その折、山中に掘立小屋を建てた。)

都会の喧騒から抜け出し、静寂の雑木林に身を置くと、人間の小賢しい思考など何処かへ

消え失せて、裸になって自然と対峙したいという望みに駆られる。「年々歳歳花相似たり」というが、時々刻々移ろう四季の営みの精巧さに驚嘆の日々を送るのは無為なことではない。
春、雪のアルプスを背に「こぶし」、「桜」、「あんず」一斉に開花する安曇野の山里。
我が草庵の辺りでは群生する「リョウブ」が可憐な芽吹きを演出して春の到来を告げる。
まず二ミリ大の芽が冬の裸枝の最先端に花蕾ように現れ、春空にポッカリ浮かぶ。
約2週間で10センチ大の若葉に開き終わるまで、窓を額縁とした幽玄な小宇宙を展開する。
春の歓びに新生する生命を実感する時だ。

夏、下界が30度を超える暑さでも、標高1000メートル近い草庵は、高山の冷気に満ち、汗ばむことのない別天地だ。強い光の織りなす樹木の陰影、滝のごとく降る
夕立、樹木にかかる霧、鋭光を放つ月と星は、楽しい川遊びとともに子供たちにどんな想い出を残したろうか。

秋、訪れは早い。落葉樹の色彩が千変万化する。紅葉の旬は10日間ぐらいだろうか。風が起こり落葉松の葉が間断なく雨のように降る。

静かな秋陽の日には、落ち葉の舞い散る微妙で甘美な調和音が心に沁みる。
時折山奥からおしよせる突風は樹幹を弓なりにゆさぶり山全体が唸りをあげて奔放に荒れ狂う。
山荘が小舟のように揺れているように錯覚する。
自然が奏でる音楽は多彩で、飽きることがない。

ここは、また小鳥たちの楽園である。セキレイ、アカゲラ,駒鳥、ミソサザイ、コガラ、など枚挙にいとまがない。小鳥と共に過ごすようになって彼らがモーツァルトの愛好者であることに気が付いた。私は大きなスピーカを持ち込んで、楽章の休止時に訪れる静寂に至福の時を見出しているが、モーツァルトのクインテットが戸外にながれ「疾走する哀しみ」が樹間をさすらうと、何時しか小鳥たちが飛来し合唱をはじめている。不思議なことだ。ベートーヴェンやブラームスでは集まらない。

ドラクロアは自然は一冊の辞書だといったが、古来自然から人生を会得した識者は多いと聞く。しかし私について言えば、自然に還ろうとして愚かな自分との格闘に終始することの繰り返しであった。自立した自由な心の人間になるためには、ほどんと無限の時が必要なのだろうか。今は、その過程をいとおしむことが山中の憩いだとわりきっている。

近年、それぞれ独り立ちした子供達が、孫をつれて遊びに来る。
自分達の幼時の想い出を孫に告げながら・・・。
この草庵が家族の安らぎの場として永劫に美しい自然とともに存在することを願う今日この頃である。

森と音楽とモーツァルトは私の心の財宝である。

音楽は森に流れ、海には無い、私はそう思う。森の静寂の中を散歩すれば音楽が聴こえてくるが、海辺では繰りかえす波の音のみ聞こえて空しい。静寂と自由とは最大の財宝なのだ。
ベートーヴェンは言う・・・森の中の全能者よ!森にいて私は幸福である。一つ一つの樹が神よ御身を通じて語る。おお、神よ、何たるすばらしさ!この森の高いところに静かさがある・・

私は、アンリ・ゲオンの下記の文が好きだ。(モーツァルトとの散歩より)

 <モーツアルトの心は、彼が知り尽くし、あらゆるさえずりを聴きわけ、思いのままに歌わせたり、黙らせたりできる小鳥たちでいっぱいの森であった。彼が満足するまで、彼らに森の調べを繰りかえさせる。ここに伸ばした音、あそこにココラトゥ―ラ・・・・いや、あれはまだだめだ。
もう一度やりなおしだ。それぞれに新たに樂想が固まってくるにつれて、前のを消してゆく。まだもう少しの辛抱だ・・・。こうしてやっとシンフォニーがきれいに出来上がるのである。
着想と制作の速さから、われわれは勝手な推論をするよりほかない。モーツアルトの森はけっして歌うことをやめなかったし、彼の心はかたときも音楽を離れなかった。霊感はどこまでで終わり、計算はどこからはじまったのだろうか?楽しみや、苦しみはどこにあったのだろうか?>

天才と技量は渾然と溶け合っていて、ひとつの傑作がどれほど彼に犠牲を強いていたか、我々にとても測り知れないだろう。あの傑作のなかに、どれほどの偽作があり、どれだけが彼自身のものかも永久に知るすべはないであろう。

なぜならば、彼はー先天的であろうと後天的であろうと、天分によろうと努力の末であろうと、自己のうちに、宇宙のあらゆる音楽をもっていたのだから。>
EAR,TANNOY,MACINTOSH,THORENS,CARDAS
こうして、モーツァルトと音楽と森は、我が生の憩いの中核を成している。


























2014年10月22日水曜日

モーツアルトの短調

<モーツアルトの旋律は疾走する。アンダンテの哀しみは,宇宙をさまよい消え去る。涙はその速さに追いつけない。>  小林秀雄は短調の作品に涙する。

ゲオンは、モーツァルトの短調のなかに「allegre tristesse」「爽やかな悲しさ」が存在すると言う。モーツアルトは自己のうちに、宇宙のあらゆる音楽を持つていたのだ。
(モーツアルトとの散歩より)

ゲオンにしろ、小林にしろ、モーツアルト讃歌は揺るぎないが、その調べの中には共通して、現代れわれが失ったある種の音調があることに気ずくのである。

特にモーツアルトの短調作品のK.466,K.491ピアノ協奏曲。K.516弦楽五重奏曲。K.550交響楽40番。これらの曲きくたびに、自分の存在が宇宙とも一体化し安定した気持ちになる。
試みに私は、モーツァルトの短調の作品を列挙してみた。

モーツアルトの短調

1764(8歳)  k.15  フーガ  ィ短調 
1765(9歳)  k.16a 交響曲 ィ短調
1768(12歳) k.60ヴァィオリン・ソナタ21番ハ短調
ヴァィオリン・ソナタ22番 ホ短調?
1769(13歳) k.65   ミサ・ブレヴィス  ニ短調
1771(15歳) k.90 キリエ  ニ短調 
k.22 ブルサム     ニ短調
1773(17歳) K.173 弦楽四重奏曲第13番 ニ短調
K.183 交響曲第25番  ト短調
1778(22歳) K.310 ピアノソナタ第8番ィ短調
1780(24歳) k.390 リート「希望に寄せて」ニ短調
1781(25歳) k.341 キリエ  ニ短調
K.360 ピアノとヴァイオリンのための6っの変奏曲  ト短調
1782(26歳) k.229カノン ハ短調
K.230 カノンハ短調 
K.383c ピアノのためのフーガ へ短調
k.383d 全  上 ハ短調
k.384a セレナーデ12番ハ短調
k.384b アンダンテ   ハ短調
k.397  ピアノのための幻想曲 ニ短調
K.385h K.385f
1783(27歳) k.427  ハ短調ミサ(未完)
k.421  弦楽四重奏曲第15番 ニ短調
(ハイドンセット2番)
k.426  2台4手のピアノのためのフーガハ短調
k.453a   葬送行進曲  ハ短調
1785(29歳) k.466  ピアノ協奏曲20番 ニ短調
k.475 ピアノのための幻想曲 ハ短調
k.478 ピアノ4重奏曲      ト短調
k.477 フリーメーソンの葬送音楽 ハ短調
1786(30歳) K.491 ピアノ協奏曲24番  ハ短調
1787(31歳) K.511 ピアノのためのロンド ィ短調
k.515c 弦楽五重奏曲  ィ短調
K.516a.b 弦楽五重奏曲  ト・ハ短調
k.517  リート「老婆」  ホ短調
k.524 リート「クローエに」ホ短調
     1788(32歳) k.546 弦楽四重奏曲第27番 ハ短調
k.550交響曲第40番  ト短調
k.555 カノン「私は涙もろい」 ィ短調
k.557 カノン「我太陽はかくれ」へ短調
1789(33歳)  k.593a オルガンの為のアダージョ ニ短調
k.594  オルガンのための幻想曲へ短調
1791(35歳)  k.603 オルガンのためのアレグロへ短調
  k.617    管弦楽のためのアダージョ ハ短調
魔笛 成功
k.626 レクイエム ニ短調(ジェスマイアー補完)
           「 日本モーツアルト協会:モーツアルト作品総目録より作成」

モーツアルトの全作品626中、短調作品は50に満たないが、それらはいずれも、哀しさを超えて天空に漂う「疾走するモーツァルト」の代表作となってるのは特筆に値いする。

                                     


 
 




     






   






                   



2014年10月20日月曜日

私の青春時代の世相と音楽界を追想する

Ⅰ。1960年代の追想
  1.  安保闘争で日本中が揺れていた。
  2.  核家族が崩壊し、高度経済成長期に移行
  3.  「上を向いて歩こう}「ス―ダラ節」が流行
  4.  固定為替制で1ドル360円
  5.  観光ビザ禁止(63年解禁)
音楽界
     61年 東京文化会館オープン
     62年 ブルノ・ワルター没
     63年 日生劇場オープン;ドイツオペラ開催
     65年 ポリーニにつずきアルゲルッチ・ショパンコンクール優勝
     66年 カラヤン来日
     67~ バーンスタイン:マーラ全集完成、NHKイタリア・オペラシリーズ4年      
          間、、グレン・グールド録音最盛期、
Ⅱ。1970年代の追想
  1. 高度経済成長期がボスト成長期に入った。 
  2. 夢の時代から、虚構の時代となった。 
  3. オイルショック(1973年)を経て、世界の総人口はマイナスに転じ,優しさが求められた。 
  4. 父の死は1970年、私の身辺も大きく変化した。音楽の好みも室内楽愛好者となった。 
  5. この時代は、オーディオを研究し、音質の表現の再生に時を費やした。          
音楽関係
  70年
    小沢征爾サンフランシスコSO.の音楽監督就任                        
    アルゲリッチとブレンデル初来日                             
  71年
    サヴァリッシュ:バイエルン国立歌劇場の音楽監督就任
  73年
    小沢ボストンSO.の音楽監督就任                               
    カルロス・クライバー初録音                               
  74年 
    ポリーニ初来日                                          
    ベーム/ウィーンPO.初来日                              
  75年
    ツイマーマン:ショパンコンクール優勝、                      
  76年
    ケンペ没                                         
  77年
    マリア・カラス没、                                     
  78年
    ツイマーマン初来日                                    
  79年
    ソニーがウオークマン発売、

2014年10月18日土曜日

Ⅲ。1980年代の追想
  1. 虚構の時代はまだ続いている。不安はよぎったが、楽感していた。
  2. やたら多い演奏会に辟易しつつ、心から聞きたい音楽会を選ぶ。2回(1986年、1989年)ウィーンで音楽を聴く。音楽が途切れると、肌が乾燥し、ザラザラする。やがて肌のみか心臓にまで到達する様に思える。
  3. 分衆の時代に入る。音楽の享受も多様化した。
  4. 母が死去。最後まで浄土真宗に生き、親鸞に殉じた生涯だった。                                                                         
音楽関係:                    
      80年  
        ジョン・レノン射殺さる                                            
        C.クライバー;ブラームス4番録音                                    
        ウィーン国立歌劇場初来日                                  
      81年    
        カール・リヒター没、                                            
        ミラノ・スカラ座初来日、                                     
      82年  
ムロ―バ;チャイコスキー・コンクールで優勝                              
        グレン・グールド没                                         
      83年     
        ホロヴィツ初来日                                      
      84年     
        内田光子;モーツアルト・ピアノソナタ全集発売                          
        「内田のモーツアルト」の批評確立、                                        
        マーラーブーム起こるイスラエルPO.来日、           
      86年     
        C.クライバーバイエルン国立歌劇場O.と来日                          
        サントリーホール開場                                         
、       アムステルダム・コンチェルトへボーO.来日                           
、       アルバンベルグQ.モーツアルト弦楽四重奏曲集完成                    
、       カラヤン&ベルリンPO.と最後の来日日                           、
        テンシュテット&ロンドンPO.来日                          
     88年    
        ミラノ・スカラ座来日                                           
        クライバー「ボェ―ム」を指揮                                      
        オーチャード・ホール開場                                 
     89年      
        サイトウ・キネンO.欧米演奏ツアー     

2014年10月16日木曜日

Ⅳ。1990年代の追想1991年虚構のバブルは崩壊した。
  1. 混乱の中、オーム事件、阪神大震災が勃発。
  2. 人は「優しさを取り戻したい」と願うようになってきた。
  3. 私の身辺雑事も多くなった。なかでも私の病気は思っていたよりも速く進行していた。入退院を繰り返している間に、3人の子供達は結婚し、3人の可愛い孫が誕生した。
  4. 時が速く回り始めたように感じた。

音楽関係(音源の大供給時代始まる。)

      90年      

        諏訪内晶子;チャイコスキーコンクール優勝)

        バーンスタイン没(’90)

     91年

       アラウ没、ルドルフ・ゼルキン没、

       ベルチーニ;マーラー・チクルスを日本;サントリーホールで行う。

       モーツアルト;没後200年記念行事多数   

    92年

       松本でサイトウ・キネン・オーケストラ開始 

   

    94年

       C・クライバー最後の来日「ばらの騎士」を指揮

    95年

       朝比奈隆;ブルックナー全集完成                                         

    96年

       ウエストミンスターLPをCD化                             

    97年

       リヒテル没 

新国立劇場開館   
      98年

       テンシュテット没

       ウィーン国立歌劇場音楽監督に小沢征爾が選ばれる

2014年10月14日火曜日

聴衆者としての私の限界

音楽は3者が共生して 構成されている。

1.作曲家
2.演奏家   の3者 である。
3.聴衆者  
                   
私は、音楽に対して全くの素人で、曲は作れず、楽器は鳴らせず、音楽の教育を受けた事もなく、ただ耳が付いているので聞こえてくる・・・ことが一途に聴衆者たることを可能にした。

モーツアルトの時代、モーツアルトは作曲家であり演奏者であったが、聴衆者は宮廷官で、大衆という聴衆者はまだ存在せず、オペラ魔笛あたりから現代の聴衆者らしき者が生まれた。その末裔に私は存在する・・と考えている。

宮城谷昌光(作家)は、「音楽そのものは、たぶん説明と言う卑俗的ななことを拒絶しており、音楽を聴いた者は結局、感動や賛美にしろ嫌悪や不快にしろ、ごく短い叫び言葉を吐くしかあるまい。音楽の純粋性に浸りきろうとする人は、自分を語っているか、作曲家を語っているか、演奏家を語っているか、いずれにせよ、音楽そのものを語れる人など、この世で一人もいないのだ。」 私は名言だとおもう。


又、高村薫(作家)は、「神の摂理を超えたところで、ある時人間が美に震撼することがあるのなら、音楽はまさにその一つだ、と。彼岸に響く音のイメージが私の脳裏にある。」と述べる。


ゲーテや、ベートーヴェンは言った。音楽はすべての芸術より一段高みにあると。さて、
愚かな聴衆者として、私に何が分かっているのだろう? あるいは何がわかるようになるのだろう?

 1. 速い音楽・遅い音楽 
 2. 音色:ピアノの音色・チェロの音色・ヴィオリンの音色
 3. 質量:絶対的な高さ・相対的な高さ 
 4. 感情の方向:嬉しい・哀しい・興奮・沈静・緊張・緩み

これらが私の限界だ。しかし音楽を聴いて、感情を移入し、共に歓び、共に悲しむのは、私の生活を豊富にすることに直結する。感情以外の事柄や思想が生まれる可能性もある。

その啓示にあやかりたい!ー聴衆者としての私の音楽である。









2014年10月12日日曜日

第2部

第2部・・・オペラ演奏会を回想する

はしがき

過去の資料とメモに基ずき、記憶を辿りながら記載した。60年前からの演奏会の記憶は、陽炎のように揺れているが、懐かしい。

2014年10月8日水曜日

連日連夜「こうもり」を鑑賞する

蝶ネクタイもサマにならない
も盛装?
1987年1月1日・・・ウィーン国立歌劇場
1987年1月2日・・・バイエルン国立オペラ劇場
        
 作曲:ヨハンシュトラゥス2世

『こうもり』は1874年ウィーンで初演された全3幕のオペレッタであり、数あるオペレッタのなかでも「オペレッタの王様」とよばれる。
優雅で軽快なウィンナ・ワルツの旋律が全編を彩り、そのメロディは全世界から愛されている。
その物語が大晦日の出来事を題材にしているため、ウィーンをはじめドイツ語圏の国では大晦日恒例の出し物となっている。
年始のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートともに恒例行事なのである。

チケットは、知人に手配して貰ったが、とくにC.クライバーのこうもりは、現地の人々も入手困難であった。ちなみにこの年のニューイヤー・コンサートは、カラヤンが指揮者で、現地到着後に勧められたのは一人14万円とのこと、とても届かず断った。

2日つずけておなじ演題を聴くことは勿論空前絶後のことである。
ウィーンで元日をおくり、翌朝飛行機でミュンヘンに飛んだ。

「こうもり」の筋書きは、仮面舞装会で仕組まれた夫婦の浮気に起こる喜劇である。
仮装の妻に気付かず、時計をまきあげられる仕草など、まことに抱腹爆笑もので楽しい。



1月1日ウィーンの入場券

1987.1.1 ウィーン国立歌劇場
指揮者:GUNTER・NEUHOLD
配役:
ロザリンデ:NORMA・SHARP
アイゼンシュタイン:ベント・ヴァイクル
アルフレート:トーマス・MOSER
アデ―レ:フランク・カセマン
フランク:ウオ―タ・ベリー
ファルケ博士:ジョウジ・TICHY

1月1日ウィーンのこうもり
オルロフスキー:HELGA・DERNESCH

1987.1.2 バイエルン国立オペラ劇場
指揮者:カルロス・クライバー
配役:
ロザリンデ:ジャネット・ペリー
アイゼンシュタイン:EBERHARD・WAECHTER
アルフレート:ジョセフ・HOPWIESER
オルロフスキー:ファスベンダー

1月2日バイエルンの入場券
2日のクライバーは、さすがに流暢なウインナーワルツを聴かせた。総じてバイエルンはウィーンより堅固な底力を感じる。特にクライバーの「こうもり」は行く末永く歴史に残ってゆくだろう。

後日、クライバーがウィーン・フィルで振ることを断わり、「こうもり」はバイエルンに限ると言ったということを知った。
もっとも刑務所長の役がウィーンの方が面白くて爆笑をさそう演技だったので楽しめた。


1月2日バイエルンのこうもり
終了後、オペラ座の前のレストランで。ビールとソーセージで夕食をとる。そのソーセージの味の辛いこと!ビールを浴びなければ舌の痺れが治らない。ついでに今年の多幸を念じて多めの乾杯!

12時40分にホテルの部屋にたどり着いき連日の「こうもり」を終えた。





2014年10月2日木曜日

運命の力   ミラノスカラ座   東京文化会館  2000.9.19

グレ―ギナ
作曲ジョゼッペ・ヴェルディ

指揮:リッカルド・ムーティ

演奏:ミラノ・スカラ座管弦樂団・合唱団
出演
レオノ―ラ; マリア・グレ―ギナ
侯爵; エンツオ・カプアーノ
ドン・カルロ; マエストリー
ドン・アルバーノ; サルヴァート―レ・リチトラ


私と「運命の力」は、その名のとうり、縁が深い。1961年ウィーンでの出会いから3回目のデートだ。ムーティ指揮のスカラ座となれば豪華である。

 運命の力の序曲が好きだ。オペラ序曲としてこのオペラの全貌を見事に暗示している。
第一音のあの暗い響き・・つずく押し寄せる運命の叫び、序曲を聴くだけでも満足感を得る。
最終場面
 このオペラは3人の主役が揃ってはじめて良くなる。私には39年前のウィーン国立オペラでのレオノ―ラの「神よ平和を与えたまえ」のアリアの残像と音量が忘れられない。









ヴェルディは、イタリア・ロマン派オペラに新風を吹き込み多くの名作を生んだが、劇的な迫力に満ちた音楽で現代でもオペラ上演の主格となっている。「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」「マクベス」「ドン・カルロ」の傑作、そして「レクイエム」を生んだ。私にとって「運命の力」と「レクイエム」は、音楽の範疇を超えた存在感で君臨している。




















                                                           愛聴盤:プラデエリー指揮、アカデミー室内弦楽、デル・モナコ、シミオナート、シェビ、デヴァルデ

























































































2014年9月12日金曜日

オペラ「鼻」・モスクワ・シアター 湘南台文化センタ-1991.7.12
モスクワ・シアター・オペラ管弦楽団
イワンの鼻


作曲: ショスタコーヴィチ
指揮: アダローンスキー
出演:
コワリョーフ;エドゥアルド・アキーモフ
イワン;;ワレ―リー・ベルィーフ
イワンの妻:マリーヤ・レ―メシェワ
警察:ふセルゲイ・オストロゥーモフ


新装なった文化会館センターは、設計者が女性でいま話題の設計者である。外装は奇抜だ。
中に入ると鉄骨が目立ち、従来の音樂堂とは感じが違う。どちらかといえば体育館に近い。


物語は鼻が一時顔を離れ、戻ってくる悲喜劇だ。帝政ロシアの日常に見られる官僚のエゴイズムに対する風刺劇。ショスタのオペラ第1作。コメディともいえる。楽しめたが、音楽的感動はなかった。オケはわずか20名位でのオペラであった。ロシアの事状は良く分らない。

2014年9月8日月曜日

歌劇「コジ・ファン・トウッテ」小沢征爾音楽塾オペラプロジェクトⅡ 2001.4.11          東京文化会館

作曲:モーツァルト
指揮:小沢征爾
演奏:小沢征爾音楽塾オーケストラ・合唱団

配役:フィオルディリージ/クリスティーン・ゴーキ
トラべッラ/モニカ・グローブ
フェランド/ジョン・オズボーン
グリエルモ/マリウス・キ―チェン

小沢塾は毎夏、信州の高原で合宿があり、締めくくりを演奏する。私達は、泊り掛けで聴衆となった。小沢さんから声を掛けられたことがあった。面食らった。誰かと間違えられたようだ。
弦奏者の指導が課題となっていて、参加の若い音楽演奏者のレべルの高さに驚いた。
そのコンサートでは、小沢征爾は最後の一曲のみ指揮をする。ホールの窓から外の景色が見えるこのホールでは、音楽が殊更に揺れ動いて聴こえる。
弦の清冷なこと、繊細なこと、小沢は満足気だった。

その成果を東京で発表会だ。最近も続けられ評判もいいようだ。音楽塾に加え国際的にも高い評判の歌手6を揃えた小沢ならではのオペラであった。

覚え書
題目の「コジ・ファン・トッテ」は、「女はみなこうしたもの」という意味だ。出典はなんとフィガロの結婚の第1幕にある。ドン・パジリオが(おんなはみなこうしたもの、ちょっとも新しいことでないさ)と唄う。当時貞操という言葉に対して特別の感情があったらしい。マリア・テレジア女帝は貞操委員会を設置し、貞操観念をめぐる社会事情は、抑圧と解放との両極を揺れ動いていたのである。


奥志賀の演奏
音楽塾と小沢の指揮




2014年8月24日日曜日

日生劇場20年記念演奏会 

1983。11.18 ~11.29

モーツァルト 
11.18              魔笛
11.22         コシファントゥッテ
11.26         ドン・ジョバンニー
11.29         フィガロの結婚

主演:二期会 配役:略

1983年日生劇場が有楽町に新築された時、絢爛豪華な建物として話題を呼んだ。大理石の入り口に眩い思いをしたと記憶している。初演はベfームが指揮したベルリン・ドイツ・オペラのフィデリオだったと思う。
あれから20年の今日、二期会単独での上演だ。記憶は霧の中で霞んでいる。

2014年1月18日土曜日

Ⅵ。オペラ「ファウスト」藤沢市民オペラ   1990.10.13

原作:ゲーテ
ゲーテ
作曲:シャルル・フランソワ・グノ―
総監督:畑中良輔
指揮:北村協一

配役
ファウスト/藤原章雄
マルガレ―テ/岩崎由紀子
メフィトフェレス/高橋啓三
ヴァレンティン/末吉利行
ジーベル/渡辺暁子
マルタ/安念千重子
ワーグナー/松山いくお

合唱:6っの市民グループ
演奏:藤沢市民交響樂団


ゲーテは、すべての芸術に足跡を残しているが、音楽に対して、「音楽は一段高みに存在する」といい、音楽にのめると、文学が書けなくなると意識的に避けたという説をなにかで読んだ記憶がある。


グノ―がその事を知っていたかどうかを私は知らない。がここでは、ゲーテと音楽が合致して人類に光を与えている。「もっと光を!」はゲーテの最後の言葉だが藤沢市の市民オペラが生活の中で、もっと根座すことを祈る。もっと音楽を!

マルガレ―テを愛するファウストは、ついに、彼女の兄のヴァレンティンと決闘し、兄を死に至らしめる。劇的なこの場面が激しいオーケストラで響く場面がいい。
藤沢市民オペラ

Ⅰ。「トゥーランドット」公演 1993.11.21

作曲:ジャコモ・プッチーニ

福永陽一郎
指揮:若杉弘

総監督:畑中良輔

合唱:4っの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響楽団

出演:トゥランドット/岩崎由紀子
    アルトゥム/篠崎寿ほか

藤沢市民オペラは、年1回1973年からはじめ、今回は14作目という。過去「フィガロ」、「こうもり」、「セヴィリアの理髪師」「カルメン」「ウイリアム・テル」、「魔笛」、「椿姫」、「夕鶴」等を上演してきた。福永陽一郎が企画し、畑中良輔が実現させた。日本では珍しい市民オペラである。主役ロールは、一流プロだがほかは市民による手ずくりである。いつまでも続く事を願う。

第3幕で王子カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」はテノールの名アリア、カレーラスの唄う録音盤は、わが愛聴盤である。

Ⅱ。藤沢市民オペラ「アイ―ダ」公演1985.11.3

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
指揮:福永陽一郎
合唱:7っの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響樂団
出演:エジプト王/築地文夫
    アムネリス/安念千重子
    アイ―ダ/岩崎由紀子ほか

Ⅲ。藤沢市民オペラ「椿姫」公演1988.10.2

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
指揮:福永陽一郎
合唱:5つの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響楽団
出演:ヴィオレッタ/白石敬子
    アルフレード/藤原章雄
    ジェルモン/宮本昭太
    フローラ/森田尚子ほか

Ⅳ。藤沢市民オペラ「ラ・ボェ―ム」公演2000.9.2

作曲:ジョゼッペ・ヴェルディ
揮:広上淳一
合唱:8っの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響楽団
出演:ミミ/管英三子
ロドルフォ/福井敬
マルチェロ/工藤博
コルリーネ/志村文彦ほか




2014年1月16日木曜日

「ニーベルングの指輪」ベルリン・ドイツ・オペラ1987.10.17~25
神奈川県民ホール
ワルキューレのブルンヒュルデ


作曲:R。ワーグナー
指揮:ヘスス・ロべス・コボス
演出:ゲッツ・フリードリヒ


公演日程
10.17 「ラインの黄金」
10.19 「ワルキューレ」
10.22 「ジークフリード」う
10.25 「神々の黄昏」


4日つずいたホール通いを終えた時は、ホッとした。狭い席で聴いていたので体が痛む。後日LDを購入し、長椅子で聴きたい。

登場人物は、民族や歴史から解放された人達である。「神族」、「人間族」、「巨人族」、「小人族」、「ラインの乙女」と複雑怪奇である。名を理解し、物語の筋を考察するだけでもかなりの努力がいる。配役はワーグナー歌手を網羅し絢爛豪華であり、枚挙に事欠かない。


演出のゲッツ・フリードリヒは言う。「我々の舞台は(タイムトンネル)を意味する。どの人物も、どの状況も、現在であり過去である。上にある物は、逆に転じて下になる。希望から不安が生まれ、その不安はもう一度、自由を夢みるのである。始まりは終わりを意味し、終わりは新たな始まりとなる。」

私は指輪を聴くにあたって、ワーグナーを知りたいと思い、、遠山一行氏のカルチャー講義;{ワーグナー」に通った。著作は拝見していたので興味半分の面もあったがワーグナーの深さに驚いた。

遠山さんはワーグナー舞台の照明の暗さの話をされた。「暗いことによる無限に広がる空間の感覚は、ワーグナーの音そのものが持っている空間そのものである」と。

リングに魅せられた現代人の私が自分自身のリングをいかに作るべきかを悟るのは何時なのか? 一生グルグルと周りつずける環なのだろうか。







2014年1月7日火曜日

メトロポリタン・オペラ<愛の妙薬>神奈川県民ホール1993.5.25
パヴァロッティ
作曲ドニゼッティ
指揮:エドアルド・ミューラー
演出:ジョン・コブリ―
配役
ジャンネッタ:ハイディ・グランド・マーフィ―
ネモリーノ:八チアーノ・パヴァロッティ
アディーナ:キャスリーン・バトル
ベルコ―レ:ジーノ・キリコ
ドゥルカマーラ:ポール・プリシュカ


にせの{恋を成就させる薬}を小道具に使った喜劇だ。無垢な村の若者役がパヴァロッティで、可憐で美しい村娘がキャサリン・バトルだ。若者はなんとか娘への求愛を成就させようと、愛の妙薬をえようとするが金が無い。金欲しさに軍隊に入る。若者の真の心を知った娘は若者の求愛を受けようと誓う。感動して唄う若者の「人知れぬ涙」、イタリアオペラ屈指の名曲である
パバロッティは、知性を捨てて村の若者らしい(ちょっと肥り気味だが)演技で、キャサリン・バトルの愛を得た。めでたし、めでたし。

2014年1月3日金曜日

モーツァルト   レクイエム     聖オーガスト教会    1995.10.29  16:00
オ―ガスト教会
プログラム

指揮:アレキサンダー 
    
 STAJIC室内楽団


モーツアルト レクイエム
デヴェルチメント  RE
デヴェルチメント  FA


偶然前を通り、入った。教会で入場料をとってミサ形式でのコンサートだ。満席だった。
宣教師達の動きも、神々しく、信者達の敬虔な様子は、音楽劇場とは異なっていた。特異な経験をした。


愛聴盤:コルボ指揮
 リスボン・グルポンギアムOP.
 ワルター指揮 ウィーンフイルOP.


特愛聴盤:レクイエム クルュイタンス指揮パリ―O.エリザベート・ブラッセルCHO.(ディスカウ、ロスアンヘルス)


レクイエムはこの盤に限る。決定盤だと思う。敬虔にして壮大なミサはモーツアルトの最後と重なり、涙無しでは聴けないものだ。身が引き締まる盤である。ディスカウ、ロスアンヘルスとクリュイタンス指揮がいい。

2013年12月30日月曜日

シュットガルト放送交響楽団 2010.5.13
サントリーホール
指揮:ロジャー・ノリントン
ハイドン 交響曲第1番 
ブラームス バイオリン 協奏曲
ラモ―
古典的で、速い演奏。指揮者のノリントンは、古典ものが、得意なようだ。


縁あって、ヴィオリンの1人が我が家に宿泊した。
家を去る日,我家のピアノで「別れの曲」をひいた。
細身の音楽家らしい風貌だった。名は忘れた。

2013年12月29日日曜日


ショパン・ ザール  パリ  1995.10.28
演奏:L‘EOP音楽団  
ヴィオリン;フランク・デラビラ、マーク・デプレー
altos;ジョエル・ソルタニアン
サメディ・オーケストラ
チェロ:ヒュ・マッケンジ

演目
ショスタコーヴィチ:
弦楽四重奏1番OP。49
弦楽四重奏7番OP.108
モーツアルト:弦楽5重奏曲4番ハ短調K.406


ショスタコーヴィチの弦楽曲は初めて聴いた。
哲学風で研ぎ澄まされた透明感がある。
ショスタコーヴィチには15の四重奏曲があり、交響曲とともに、彼の作風がよくわかる。
モーツアルトの弦楽五重奏曲はおなじみの曲だ。K.515、K.516とともに,もっとも我が愛する曲達である。


愛聴盤:モーツアルト弦楽5重奏全集としては、アマデゥスカルテット(ドイツ・グラマホン盤)
とグル―ミョ中心の5重奏団(フイリップス盤)を愛聴している。

2013年12月28日土曜日

デーヴィス
バイエルン放送交響樂団 東京文化会館 1988.12.7

指揮:ディヴィス

ベートーヴェン:  交響曲5番/4番 

R.シュトラウス:  ドンファン

ハイドン:       交響曲99番

誠実で、武骨な演奏であった。ドンファンはカラヤン盤で聴いていたが、かなり違った。細部にこだわらない。

ベートーヴェンは武骨さが生きており、堅実な演奏がベートーヴェンらしさを増加させていた。重厚さが目立った。

愛聴盤:ベートーヴェンハンス・イッセルテット指揮 ウィーンPO.
     ハイドンショルティ シカゴPO.・ロンドンPO.


2013年12月26日木曜日

アムステルダム・コンセルトヘボウ 藤沢市民会館 1986.9.23


指揮者:アシュケナージ
ピアノ:アシュケナージ
演題
ラヴェル:道化師の朝の歌
モーツアルト:ピアノ協奏曲17番K.453
ドヴォルザーク::ピアノ協奏曲第8番作品88

アシュケナージは1962年チャイコフスキー・コンクールで優勝以来、ピアニストとして活躍してきたが、最近では(1974年以来)指揮者での活動が目立つ。当日も指揮をしながらの演奏であった。かりやすくそして良く唄い、聴き手を楽しませる音楽をする。

アシュケナージ・ピアノ演奏会 
昭和女子大学人見記念講堂 1987.12.05

人見講堂入場券
出演:アシュケナージ
プログラム:不詳 
             
チケットは残っているし、人見講堂に行った記憶は残っているが、肝心の内容が判らない。
LPでアシュケナージのショパンのノクターン全集を聴き、そのテンポの良さと切れの良いピアニシモに酔っていた頃だ。晴れた冬の演奏会だったと思う。

アシュケナージ・ピアノ演奏会  広島郵便貯金会館  1987.12.12
出演:アシュケナージ
広島の入場券
演目:ベートーヴェン:
 ピアノ・ソナタ第21番ハ長調OP.53[ワルト  シュタイン」
ピアノ・ソナタ第23番ヘ長調OP.57[情熱」
シューマン: 子供の情景OP.15
       ダヴィッド同盟舞曲集OP.6



所用で広島に行った。丁度アシュケナージの演奏会があることを知り、聴いた。

私は指揮者のアシュケナージよりも、ピアニストとしての彼が好きだ。繊細な彼のテクニックが冴えた。




スイスロマンド管弦楽団 東京文化会館 1968.6.24
アンセルメ
指揮者エルネスト・アンセルメ

演題
ベルリオーズ:幻想交響曲
ストラヴィンスキー:火の鳥
ラヴェル:ラ・ヴァルス


スイスロマンドとアンセルメの組み合わせは、たまらなく嬉しい。加えて最高の選曲”だ。
アンセルメは、スイスロマンドを一流のオケにした育ての親だ。得意はバレー音楽だが、そのリズム処理と色彩的音ずくりの上手さで右に出るものは無いと評される。
アンセルメは2度来日した。1964年と今回である。帰国した8ヶ月のち85歳、ゆかりのジュネーブで生涯を終えた。

女優アンリェット・スミスソンニ24歳のベルリオーズの情熱は燃え、灼熱の恋となり、書きあげたのが幻想交響曲である。
彼は曲の出版の時、次の解説を付けた。「激しい欲情と豊かな想像力をもつ若い音楽家が、その欲望を抑えきれず、アヘンを飲んで自殺をはかるが、深い昏睡状態に入り,怪奇な夢を見る。
その夢の中に彼の官能や心持や思い出は全て音楽的な想念となって表れ、彼の恋人は一つの旋律となっている。この愛人の旋律は彼が至る所で見、かつ聴く「固定観念」なのだ。」幻想交響曲はひとつの主題を中心に展開されこの主題がいろいろ姿を変えてつながる。

「火の鳥」はロシアの民話を音楽化したものだ。火の鳥の援助により、王女、王子はめでたく結ばれる。

2013年12月24日火曜日


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  普門館 
1984.10.22
指揮者:カラヤン
演題ベトーヴェン
交響曲第6番  田園 OP.68
交響曲第5番  運命 OP.67


1978年に指揮者台から転落し、歩行が困難な舞台だった。最後になった日本公演を感慨無量で味わった。指揮者台の手摺りによりかかって指揮棒のみがかすかに動いた。

カラヤンについては、毀誉褒貶があろう。そして功績偉大である歴史的地位は揺るぎない。

カラヤンは、フルトヴェングラーの後任として
ベルリン・フィルの常任指揮者となったのは1955年,翌56年には終身芸術監督となり、ベルリンの王座に就いた。1954年単身来日しNHK交響楽団を指揮した。その時の演奏は伝統的な客観性のある指揮であったと言う。

以後カラヤンは、あらゆる名誉を独占し帝王として君臨したのである。彼は純粋な音楽家と企業者の素養に満ちていて、音楽家達の財政にも寄与した。
レパートリーの広さも格段で、音のふくよかな広がり,浮揚、こまかいヴィブラート、雄弁な弱音効果などで、聴く者を魅了したのである。私は個人的には彼の指揮の大衆迎合的な点がきらいで、あまり聴かない。
ただ例外的には、「ドン・ジョバンニ」、「カラヤン、新ヴィーン楽派管弦楽曲集」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)がかけがいのない名演だと思う。

2013年12月23日月曜日

イスラエル・フイルハーモニー管弦楽団 演奏会 
サントリーホール 1988.03.09

ズ―ヒン・メータ
指揮ズービン・メータ

演題:モーツアルト/交響曲36番リンツ
マーラー/交響曲1番巨人(花の章つき)

ズ―ヒン・メータはインドで生まれ育った。母はユダヤ人で、イスラエルとの関連は強い。メータは、いはば第2の故郷のイスラエル・フィルを率いた演奏だったが、今回は覇気に欠けた演奏と評された。

イスラエル・フィルは3年ぶり4度目の来日である。110名の団員はほどんとイスラエル生まれで音楽文化を求める願いと人道上の動機がこのオケの誕生の力となり、現在がある。しかし、
交響曲リンツは、私が大好きな曲で、日頃レコードで聴いているが、イマージ的には違っていた。巨人の第2楽章「花の章」はトランペットが良かった。


愛聴盤
リンツ:スイトナー指揮、ドレスデン・スタットO。LP
巨人:小沢指揮、ボストンPO。

2013年12月21日土曜日

アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏会1991.10.15      サントリーホール

シャイー
指揮者:リッカルド・シャイー

演題
ムソルスキー:組曲「展覧會の絵」(ラヴェル編曲)
プロコフエフ:「古典交響曲」第1番ニ長調OP.25
ラヴェル:バレエ組曲「ダフニスとクロエ」


シャイーは1953年のミラノ生まれで現在活動は目覚ましい。88年、5代めの常任指揮者となり、メンゲルベルグによって磨かれたオケの技術を不動のものに仕上げた。

展覧会の絵は、若くして亡くなった友人ハルトマン(建築家)への挽歌として書かれ、遺作展に飾られた10点の絵を音にしたものである。全曲を通して「そぞろ歩き」と言われる間奏曲が絵に対する思いを表わし、10の絵の表題もつけられている。

古典交響曲はハイドン時代の古典音楽を理想として作曲された音楽のモダン化を試みた曲である。

ダフニスとクロエ」は、まだ幼くて濃いを知らない羊飼いの娘クロエと羊飼いの若者ダフニスがさまざまな障害にあいながらお互いの恋に目覚めて行く話で、フランス音楽の生んだもっとも美しい名品である。

2013年12月20日金曜日

ロンドン・フィル・ハーモニー  1961.10.08

プログラム
ピアノ奏者・バッハウアー
  ロイヤル・フェスチバルホール

指揮:クリップス

シュトラウス   交響詩 ドン・ファン

ベートーヴェン  ピアノ協奏曲4番

シューベルト   交響曲9番;グレート

ピアノ演奏: ジーナ・バッハウァー 

ロンドンでの音楽会は想い出深い。
クリップスは、小沢征爾や大町陽一郎と親交があり、ロンドンフィルの首席指揮者である。

ジーナは48歳(当時)、欧州では著名なピアニストであったが日本では知られていない。おそらく実演を聴いた日本人は少ないだろう。ブラームスを良く弾いた。

愛聴盤 ベートーヴェン:ピアノ4番 グルダ;ウィン・フイル 
                        グールド;ニュウヨークフイル
                        クララ・ハスキル;ロンドン交響楽団
      シューベルト: 交響曲9番 ワルター指揮 コロンビア交響楽団



2013年12月18日水曜日

ロンドン・フィルハーモニ―管弦楽団演奏会サントリーホール1988.10.18
テンシュテット

指揮:テンシュテット
演題
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」より序曲とヴェヌスベルクの音楽
ワーグナー:歌劇「リエンッィ」序曲
ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」より
ワーグナー:楽劇「ニェルンベルグのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲

覚書
指揮者テンシュテットは2年前癌と公表したが、鮮やかに蘇り、今回訪日となった。LPO.は英国の5大オーケストラの筆頭格であるから話題を呼んだ。
心なしかやつれが目立っていた様に思う。
ドイツ・レクイエム  サントリーホール  2003.10.28
ケント・ナガノ
ベルリン・ドイツ交響楽団
指揮 ケント・ナガノ
演題 ブラームス: ドイツ・レクイエムOP.45
      リーム:  記されたものの解説

出演:ソプラノ;ルート・ツィーザク
    バリトン;シュテファン・ゲンツ

ベルリン放送合唱団

50年の歴史をもつベルリン放送交響楽団から、1993年ベルリン・ドイツ交響楽団に改称した。
有名指揮者達の後を継いで、ケント・ナガノは2001年から主席指揮者に就任し、ベルリンの巨匠達と肩をならべ、今や世界に知られる存在となっている。

ナガノが初めて知られるようになったのは、「アッシジの聖フランシスコ」の世界初演の際、メシアンが小沢征爾の助手として彼を指名した時であった。レコーディングも数多い。


「記されたものの解説」の意味は、ブラームスのレクイエムの音楽的な解説をリームが試みたということにある。
ナガノは、この二ッの曲を、一楽章毎に交互に演奏した。

リームの作品は歌詞が無く、言葉のない詩作で、静かで瞑想的であり、聴き手はブラームスの音楽をもう一度かみしめることになる。ケント・ナガノの狙いは見事に的中していた。
声楽ソリスト
戦争レクイエムと俗称されるドイツ・レクイムに新境地を開いた試みであった。

愛聴盤:ワルター指揮NY・PO

2013年12月16日月曜日

バイエルン国立管弦楽団演奏会      
クライバー
 1986.5.11  神奈川県民ホール

指揮:カルロス・クライバー

演題:ベートーヴェン:
              交響曲第四番
              交響曲第七番

 クライバーによってベートーヴェンは現代に甦る。ベートーヴェンの人間的な魅力が現代人を鼓舞する。
クライバーの指揮は健康な明るさと力強い器量の大きさで、音楽芸術をうたいあげる。クライバーの音楽の次元が違うのだ。クライバーの演奏は、情熱と自己主張に貫かれていて、音楽の本質に鋭く迫る。

幸い私は5回クライバーの実演を聞いた。CD・LPも多く、思い出に楽しくつながる。この日の7番は特に出来が良く、世に言う酔っ払いの交響曲が、心地よく、流暢に流れた。

蛇足だが、ロマン・ロランはいう。ベートーヴェンの4番は、「彼の全生涯の最も静穏な日々の薫りをとらえて漂わせている清らかな一つの花である」と。平穏な感情があふれている。

又、7番は酔っ払いの作品と言われているが、たしかに酔っぱらっているに相違ない、ただし自己の天才の実力に酔っているのである。彼は自分自身について言った<おれは人類のために精妙な葡萄酒を醸し出す酒神だ。精神の神々しい酔い心地を人々に与える者はこの俺だ>と。リストは、「この曲はリズムの神化だ」という。
私の学生時代には、ベートーヴェンでもっとも愛聴した曲が7番、4番であった。

4番、7番と共にC.クライバーは録音をしていて、84年録音の四番(バイエルン)、75年録音の七番(ウィーン・フィル)を、私は愛聴している。

2013年12月15日日曜日

バレンボイム・パリ管弦楽団  神奈川県民ホール    1987.4..7
演題
ドビッシー:海

バレンボイム
アルベニス:イベリア(セビリアの聖体とトリアーナ)より

ストラヴィンスキー:春の祭典

バレンボイムは、ブエノスアイレスで生まれ、イスラエ方ルに移住した。ザルツブルグでマルケヴィッチに指揮法を学んだ。1954年彼の演奏を聴いたフルトヴェングラーは「ダニエルは驚くべき天才だ」と絶賛したといわれる。13歳の少年時代の話だ。1975年にパリ管の音楽指揮者に就任し、89年までその成果をあげた。
パリ管を指揮しながらのバレンボイムは、精悍な顔付で、多彩に変化する3曲を振った。
ドヴュシーの海は、ドイツ的なものに反発を抱いていたフランス人としての挑戦として、音色や
響きに光を当て、新しいフランス音楽を形成させた曲となった。
アルベニスでは、スペインの民族音楽の特徴と魅力を備えた独創的な曲を聴くことができる。
「春の祭典」は、エキゾチックな躍動感と、革命的な技法で20世紀への道を敷いた。


バレンボイムは述べている・・・指揮することだけに専念すると演奏そのものの物理的な問題との接触をあっさり無くすることがある。指揮者は音に対する物理的な敏感さを持たなければならない。これがないと鋭く聴きとり判別することができないではないか。それぞれの音に対する様式は、互いに他を補っている。
私にとってはそれらはふたつにわけられるものではなく、(ピアノと指揮は)いわゆるメダルの両面のようなものである。

演奏後出口にいたら、バレン・ボイムが車に乗る為に出てきた。妻がサインを貰った。

愛聴盤
     ハインテック指揮 (アムステルダム・コンチェルトへボー)
      アンセルメ指揮 (スイス・ロマンド) 
     春の祭典
     ブレーズ指揮( NYフィ ル,マルケヴィチ

2013年12月14日土曜日

フィレンツェ五月音楽祭 
 フィレンチェ市民劇場  1997.6.12

指揮者:アルツール・タマヨ

演奏:5月音楽祭オーケストラ

作曲家:ガルニェリ  フェデレ  マンゾーニ  ベルグ  現代作曲家4名

奇妙な音が連続した。初演もあり、作曲者が舞台で挨拶をした。音楽に対するイタリアの文化の幅について考えた。日本では成り立たない、企画出来ないナと思った。


チケット
演目

2013年12月13日金曜日

小澤征爾・新日本フィル演奏会 海老名市文化会館 1986.5.9

指揮:小沢征爾

演奏:新日本フィルハーモニー、  フルート演奏:白尾彰

題:
尾高惇忠;  イマージュ
モーツアルト;  フルート協奏曲第1番
プロコフエフ;  カンンタータ「アレキサンダー・ネフ  スキー」

小澤征爾は聴かせる指揮者である。彼の録音CDからは伝わってこないものが,生演奏から発散される数少ない指揮者だと思う。
彼の指揮棒と体のリズム感は、オーケストラの隠れていた才能までを引き出す、と思う。彼の非凡な才能は、世界の一流指揮者に比して遜色がない。
この演奏会は某大学の記念コンサートとして開催された。









2013年12月9日月曜日

原爆被災者救済慈善演奏会    明治公園              10.18(木)  14:30                                                          イタリアオペラ演奏会 

演奏:イタリア歌劇団
出演者のメモは無い。年度も不明。

人間が創った悲劇、何故、投下され悲劇を創ったのか?
戦争は恐ろしい共同募金会が主催している。

入場券のみが残っていた。

2013年12月7日土曜日

フランクフルト放送交響楽団茅ヶ崎市政40年記念 
 1987.11.07         
 指揮:インバル 
インバル
 演題:
     ベートーヴェン 交響曲8番

      マーラー    交響曲5番

フランクフルト放送交響楽団は、1973年初来日以来今回が5度目である。第2次大戦のあと、カール・ベームが首席指揮者となり、質的飛躍をとげた楽団だ。インバルは初めての来日?らしい。

ベートーヴェンの第8交響曲は、第7番と一緒に初演されたが、7番ほど良くは批評されなかった。
しかしベートーヴェンは、第7番を大交響樂、第8番を小交響曲と呼んだと言う。私はこの二曲は対照的だと思う。7番の溢れる情熱的響きに対し、8番はゆったりとした田園の寛ぎがあり、ともにベートヴェンの心情を表現している。

インバルのマーラーは、彼のマーラ交響曲の全曲録音により、愛好家に知られている。マーラーの演奏ではインバルとベルティーニが双璧だろう。
マーラーの第5番は純粋な器樂交響樂で、自信に満ちた、しっかりした構築により人生と現実を直視し、新しい音楽を創造している。特に歌謡性が強く、マーラーは常に唄っている。ウィーン第一と言われたアルマ・マーラーを妻に迎えて、彼の人生で最も幸福であった時の作曲だから。

かって、マーラー9番を、ベルティニ―指揮でサントリーホールで聴いた。その時は特に出来が良く、最終楽章で涙が止まらなかった記憶がある。マーラーは、あらゆる試みをしていて、奥が深いと思う。

インバルの頭髪を長く後ろで結ぶ独特の風貌は変わらなかったが、音楽の全体像は明確になっていた。

愛聴盤:
 ベートーヴェン 8番
   フルトヴェングラー ベルリンSO
   ワルター コロンビアSO.
 マーラー  5番
   インバル フランクフルト放送SO.
   バーンスタイン ウィーンO.
   べルティニー ケルン放送SO.
   ワルター  ウィーンPO.







2013年12月5日木曜日

ウィーン国立フォルクスオーパー管弦楽団演奏会
茅ヶ崎市民文化会館      1990.1.6
正面

指揮エドガー・ザイペンブッシュ

出演:グッジー・レ―ヴィンガ―
ダグマール・コラ―
シルヴァーナ・ドゥスマン
ペーター・ミニッヒ
クルト・ヒューマー
ローレンス・ヴァインセント

演題:略


ウィーンの薫りを満喫させるオペレッタ集で、新春を祝った。茅ヶ崎市と特別な関係があるのか、度々演奏会が開催される。

2013年12月3日火曜日

        新日本フィルハ~モニィ交響楽団演奏会
小沢征爾
指揮者: 小澤征爾
フルート:
モーツアルト  フルート協奏曲第1番
プロコフエフ  カンタータアレキサンダー


小沢征爾は聴かせる指揮者である。彼の録音CD/DVDからは伝えられないものが、彼の実際のナマから発散される数少ない指揮者ではなかろうか。


彼の指揮棒と体のリズムは、オケにない物まで引きずり出す、と思う。その点彼は非凡であり、数少ない指揮者だ。彼の指揮ぶりに、クライバー、バーンスタインを思う。