2014年1月18日土曜日

Ⅵ。オペラ「ファウスト」藤沢市民オペラ   1990.10.13

原作:ゲーテ
ゲーテ
作曲:シャルル・フランソワ・グノ―
総監督:畑中良輔
指揮:北村協一

配役
ファウスト/藤原章雄
マルガレ―テ/岩崎由紀子
メフィトフェレス/高橋啓三
ヴァレンティン/末吉利行
ジーベル/渡辺暁子
マルタ/安念千重子
ワーグナー/松山いくお

合唱:6っの市民グループ
演奏:藤沢市民交響樂団


ゲーテは、すべての芸術に足跡を残しているが、音楽に対して、「音楽は一段高みに存在する」といい、音楽にのめると、文学が書けなくなると意識的に避けたという説をなにかで読んだ記憶がある。


グノ―がその事を知っていたかどうかを私は知らない。がここでは、ゲーテと音楽が合致して人類に光を与えている。「もっと光を!」はゲーテの最後の言葉だが藤沢市の市民オペラが生活の中で、もっと根座すことを祈る。もっと音楽を!

マルガレ―テを愛するファウストは、ついに、彼女の兄のヴァレンティンと決闘し、兄を死に至らしめる。劇的なこの場面が激しいオーケストラで響く場面がいい。
藤沢市民オペラ

Ⅰ。「トゥーランドット」公演 1993.11.21

作曲:ジャコモ・プッチーニ

福永陽一郎
指揮:若杉弘

総監督:畑中良輔

合唱:4っの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響楽団

出演:トゥランドット/岩崎由紀子
    アルトゥム/篠崎寿ほか

藤沢市民オペラは、年1回1973年からはじめ、今回は14作目という。過去「フィガロ」、「こうもり」、「セヴィリアの理髪師」「カルメン」「ウイリアム・テル」、「魔笛」、「椿姫」、「夕鶴」等を上演してきた。福永陽一郎が企画し、畑中良輔が実現させた。日本では珍しい市民オペラである。主役ロールは、一流プロだがほかは市民による手ずくりである。いつまでも続く事を願う。

第3幕で王子カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」はテノールの名アリア、カレーラスの唄う録音盤は、わが愛聴盤である。

Ⅱ。藤沢市民オペラ「アイ―ダ」公演1985.11.3

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
指揮:福永陽一郎
合唱:7っの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響樂団
出演:エジプト王/築地文夫
    アムネリス/安念千重子
    アイ―ダ/岩崎由紀子ほか

Ⅲ。藤沢市民オペラ「椿姫」公演1988.10.2

作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
指揮:福永陽一郎
合唱:5つの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響楽団
出演:ヴィオレッタ/白石敬子
    アルフレード/藤原章雄
    ジェルモン/宮本昭太
    フローラ/森田尚子ほか

Ⅳ。藤沢市民オペラ「ラ・ボェ―ム」公演2000.9.2

作曲:ジョゼッペ・ヴェルディ
揮:広上淳一
合唱:8っの市民コーラス
演奏:藤沢市民交響楽団
出演:ミミ/管英三子
ロドルフォ/福井敬
マルチェロ/工藤博
コルリーネ/志村文彦ほか




2014年1月16日木曜日

「ニーベルングの指輪」ベルリン・ドイツ・オペラ1987.10.17~25
神奈川県民ホール
ワルキューレのブルンヒュルデ


作曲:R。ワーグナー
指揮:ヘスス・ロべス・コボス
演出:ゲッツ・フリードリヒ


公演日程
10.17 「ラインの黄金」
10.19 「ワルキューレ」
10.22 「ジークフリード」う
10.25 「神々の黄昏」


4日つずいたホール通いを終えた時は、ホッとした。狭い席で聴いていたので体が痛む。後日LDを購入し、長椅子で聴きたい。

登場人物は、民族や歴史から解放された人達である。「神族」、「人間族」、「巨人族」、「小人族」、「ラインの乙女」と複雑怪奇である。名を理解し、物語の筋を考察するだけでもかなりの努力がいる。配役はワーグナー歌手を網羅し絢爛豪華であり、枚挙に事欠かない。


演出のゲッツ・フリードリヒは言う。「我々の舞台は(タイムトンネル)を意味する。どの人物も、どの状況も、現在であり過去である。上にある物は、逆に転じて下になる。希望から不安が生まれ、その不安はもう一度、自由を夢みるのである。始まりは終わりを意味し、終わりは新たな始まりとなる。」

私は指輪を聴くにあたって、ワーグナーを知りたいと思い、、遠山一行氏のカルチャー講義;{ワーグナー」に通った。著作は拝見していたので興味半分の面もあったがワーグナーの深さに驚いた。

遠山さんはワーグナー舞台の照明の暗さの話をされた。「暗いことによる無限に広がる空間の感覚は、ワーグナーの音そのものが持っている空間そのものである」と。

リングに魅せられた現代人の私が自分自身のリングをいかに作るべきかを悟るのは何時なのか? 一生グルグルと周りつずける環なのだろうか。







2014年1月7日火曜日

メトロポリタン・オペラ<愛の妙薬>神奈川県民ホール1993.5.25
パヴァロッティ
作曲ドニゼッティ
指揮:エドアルド・ミューラー
演出:ジョン・コブリ―
配役
ジャンネッタ:ハイディ・グランド・マーフィ―
ネモリーノ:八チアーノ・パヴァロッティ
アディーナ:キャスリーン・バトル
ベルコ―レ:ジーノ・キリコ
ドゥルカマーラ:ポール・プリシュカ


にせの{恋を成就させる薬}を小道具に使った喜劇だ。無垢な村の若者役がパヴァロッティで、可憐で美しい村娘がキャサリン・バトルだ。若者はなんとか娘への求愛を成就させようと、愛の妙薬をえようとするが金が無い。金欲しさに軍隊に入る。若者の真の心を知った娘は若者の求愛を受けようと誓う。感動して唄う若者の「人知れぬ涙」、イタリアオペラ屈指の名曲である
パバロッティは、知性を捨てて村の若者らしい(ちょっと肥り気味だが)演技で、キャサリン・バトルの愛を得た。めでたし、めでたし。

2014年1月3日金曜日

モーツァルト   レクイエム     聖オーガスト教会    1995.10.29  16:00
オ―ガスト教会
プログラム

指揮:アレキサンダー 
    
 STAJIC室内楽団


モーツアルト レクイエム
デヴェルチメント  RE
デヴェルチメント  FA


偶然前を通り、入った。教会で入場料をとってミサ形式でのコンサートだ。満席だった。
宣教師達の動きも、神々しく、信者達の敬虔な様子は、音楽劇場とは異なっていた。特異な経験をした。


愛聴盤:コルボ指揮
 リスボン・グルポンギアムOP.
 ワルター指揮 ウィーンフイルOP.


特愛聴盤:レクイエム クルュイタンス指揮パリ―O.エリザベート・ブラッセルCHO.(ディスカウ、ロスアンヘルス)


レクイエムはこの盤に限る。決定盤だと思う。敬虔にして壮大なミサはモーツアルトの最後と重なり、涙無しでは聴けないものだ。身が引き締まる盤である。ディスカウ、ロスアンヘルスとクリュイタンス指揮がいい。

2013年12月30日月曜日

シュットガルト放送交響楽団 2010.5.13
サントリーホール
指揮:ロジャー・ノリントン
ハイドン 交響曲第1番 
ブラームス バイオリン 協奏曲
ラモ―
古典的で、速い演奏。指揮者のノリントンは、古典ものが、得意なようだ。


縁あって、ヴィオリンの1人が我が家に宿泊した。
家を去る日,我家のピアノで「別れの曲」をひいた。
細身の音楽家らしい風貌だった。名は忘れた。

2013年12月29日日曜日


ショパン・ ザール  パリ  1995.10.28
演奏:L‘EOP音楽団  
ヴィオリン;フランク・デラビラ、マーク・デプレー
altos;ジョエル・ソルタニアン
サメディ・オーケストラ
チェロ:ヒュ・マッケンジ

演目
ショスタコーヴィチ:
弦楽四重奏1番OP。49
弦楽四重奏7番OP.108
モーツアルト:弦楽5重奏曲4番ハ短調K.406


ショスタコーヴィチの弦楽曲は初めて聴いた。
哲学風で研ぎ澄まされた透明感がある。
ショスタコーヴィチには15の四重奏曲があり、交響曲とともに、彼の作風がよくわかる。
モーツアルトの弦楽五重奏曲はおなじみの曲だ。K.515、K.516とともに,もっとも我が愛する曲達である。


愛聴盤:モーツアルト弦楽5重奏全集としては、アマデゥスカルテット(ドイツ・グラマホン盤)
とグル―ミョ中心の5重奏団(フイリップス盤)を愛聴している。

2013年12月28日土曜日

デーヴィス
バイエルン放送交響樂団 東京文化会館 1988.12.7

指揮:ディヴィス

ベートーヴェン:  交響曲5番/4番 

R.シュトラウス:  ドンファン

ハイドン:       交響曲99番

誠実で、武骨な演奏であった。ドンファンはカラヤン盤で聴いていたが、かなり違った。細部にこだわらない。

ベートーヴェンは武骨さが生きており、堅実な演奏がベートーヴェンらしさを増加させていた。重厚さが目立った。

愛聴盤:ベートーヴェンハンス・イッセルテット指揮 ウィーンPO.
     ハイドンショルティ シカゴPO.・ロンドンPO.


2013年12月26日木曜日

アムステルダム・コンセルトヘボウ 藤沢市民会館 1986.9.23


指揮者:アシュケナージ
ピアノ:アシュケナージ
演題
ラヴェル:道化師の朝の歌
モーツアルト:ピアノ協奏曲17番K.453
ドヴォルザーク::ピアノ協奏曲第8番作品88

アシュケナージは1962年チャイコフスキー・コンクールで優勝以来、ピアニストとして活躍してきたが、最近では(1974年以来)指揮者での活動が目立つ。当日も指揮をしながらの演奏であった。かりやすくそして良く唄い、聴き手を楽しませる音楽をする。

アシュケナージ・ピアノ演奏会 
昭和女子大学人見記念講堂 1987.12.05

人見講堂入場券
出演:アシュケナージ
プログラム:不詳 
             
チケットは残っているし、人見講堂に行った記憶は残っているが、肝心の内容が判らない。
LPでアシュケナージのショパンのノクターン全集を聴き、そのテンポの良さと切れの良いピアニシモに酔っていた頃だ。晴れた冬の演奏会だったと思う。

アシュケナージ・ピアノ演奏会  広島郵便貯金会館  1987.12.12
出演:アシュケナージ
広島の入場券
演目:ベートーヴェン:
 ピアノ・ソナタ第21番ハ長調OP.53[ワルト  シュタイン」
ピアノ・ソナタ第23番ヘ長調OP.57[情熱」
シューマン: 子供の情景OP.15
       ダヴィッド同盟舞曲集OP.6



所用で広島に行った。丁度アシュケナージの演奏会があることを知り、聴いた。

私は指揮者のアシュケナージよりも、ピアニストとしての彼が好きだ。繊細な彼のテクニックが冴えた。




スイスロマンド管弦楽団 東京文化会館 1968.6.24
アンセルメ
指揮者エルネスト・アンセルメ

演題
ベルリオーズ:幻想交響曲
ストラヴィンスキー:火の鳥
ラヴェル:ラ・ヴァルス


スイスロマンドとアンセルメの組み合わせは、たまらなく嬉しい。加えて最高の選曲”だ。
アンセルメは、スイスロマンドを一流のオケにした育ての親だ。得意はバレー音楽だが、そのリズム処理と色彩的音ずくりの上手さで右に出るものは無いと評される。
アンセルメは2度来日した。1964年と今回である。帰国した8ヶ月のち85歳、ゆかりのジュネーブで生涯を終えた。

女優アンリェット・スミスソンニ24歳のベルリオーズの情熱は燃え、灼熱の恋となり、書きあげたのが幻想交響曲である。
彼は曲の出版の時、次の解説を付けた。「激しい欲情と豊かな想像力をもつ若い音楽家が、その欲望を抑えきれず、アヘンを飲んで自殺をはかるが、深い昏睡状態に入り,怪奇な夢を見る。
その夢の中に彼の官能や心持や思い出は全て音楽的な想念となって表れ、彼の恋人は一つの旋律となっている。この愛人の旋律は彼が至る所で見、かつ聴く「固定観念」なのだ。」幻想交響曲はひとつの主題を中心に展開されこの主題がいろいろ姿を変えてつながる。

「火の鳥」はロシアの民話を音楽化したものだ。火の鳥の援助により、王女、王子はめでたく結ばれる。

2013年12月24日火曜日


ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  普門館 
1984.10.22
指揮者:カラヤン
演題ベトーヴェン
交響曲第6番  田園 OP.68
交響曲第5番  運命 OP.67


1978年に指揮者台から転落し、歩行が困難な舞台だった。最後になった日本公演を感慨無量で味わった。指揮者台の手摺りによりかかって指揮棒のみがかすかに動いた。

カラヤンについては、毀誉褒貶があろう。そして功績偉大である歴史的地位は揺るぎない。

カラヤンは、フルトヴェングラーの後任として
ベルリン・フィルの常任指揮者となったのは1955年,翌56年には終身芸術監督となり、ベルリンの王座に就いた。1954年単身来日しNHK交響楽団を指揮した。その時の演奏は伝統的な客観性のある指揮であったと言う。

以後カラヤンは、あらゆる名誉を独占し帝王として君臨したのである。彼は純粋な音楽家と企業者の素養に満ちていて、音楽家達の財政にも寄与した。
レパートリーの広さも格段で、音のふくよかな広がり,浮揚、こまかいヴィブラート、雄弁な弱音効果などで、聴く者を魅了したのである。私は個人的には彼の指揮の大衆迎合的な点がきらいで、あまり聴かない。
ただ例外的には、「ドン・ジョバンニ」、「カラヤン、新ヴィーン楽派管弦楽曲集」(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)がかけがいのない名演だと思う。

2013年12月23日月曜日

イスラエル・フイルハーモニー管弦楽団 演奏会 
サントリーホール 1988.03.09

ズ―ヒン・メータ
指揮ズービン・メータ

演題:モーツアルト/交響曲36番リンツ
マーラー/交響曲1番巨人(花の章つき)

ズ―ヒン・メータはインドで生まれ育った。母はユダヤ人で、イスラエルとの関連は強い。メータは、いはば第2の故郷のイスラエル・フィルを率いた演奏だったが、今回は覇気に欠けた演奏と評された。

イスラエル・フィルは3年ぶり4度目の来日である。110名の団員はほどんとイスラエル生まれで音楽文化を求める願いと人道上の動機がこのオケの誕生の力となり、現在がある。しかし、
交響曲リンツは、私が大好きな曲で、日頃レコードで聴いているが、イマージ的には違っていた。巨人の第2楽章「花の章」はトランペットが良かった。


愛聴盤
リンツ:スイトナー指揮、ドレスデン・スタットO。LP
巨人:小沢指揮、ボストンPO。

2013年12月21日土曜日

アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団演奏会1991.10.15      サントリーホール

シャイー
指揮者:リッカルド・シャイー

演題
ムソルスキー:組曲「展覧會の絵」(ラヴェル編曲)
プロコフエフ:「古典交響曲」第1番ニ長調OP.25
ラヴェル:バレエ組曲「ダフニスとクロエ」


シャイーは1953年のミラノ生まれで現在活動は目覚ましい。88年、5代めの常任指揮者となり、メンゲルベルグによって磨かれたオケの技術を不動のものに仕上げた。

展覧会の絵は、若くして亡くなった友人ハルトマン(建築家)への挽歌として書かれ、遺作展に飾られた10点の絵を音にしたものである。全曲を通して「そぞろ歩き」と言われる間奏曲が絵に対する思いを表わし、10の絵の表題もつけられている。

古典交響曲はハイドン時代の古典音楽を理想として作曲された音楽のモダン化を試みた曲である。

ダフニスとクロエ」は、まだ幼くて濃いを知らない羊飼いの娘クロエと羊飼いの若者ダフニスがさまざまな障害にあいながらお互いの恋に目覚めて行く話で、フランス音楽の生んだもっとも美しい名品である。

2013年12月20日金曜日

ロンドン・フィル・ハーモニー  1961.10.08

プログラム
ピアノ奏者・バッハウアー
  ロイヤル・フェスチバルホール

指揮:クリップス

シュトラウス   交響詩 ドン・ファン

ベートーヴェン  ピアノ協奏曲4番

シューベルト   交響曲9番;グレート

ピアノ演奏: ジーナ・バッハウァー 

ロンドンでの音楽会は想い出深い。
クリップスは、小沢征爾や大町陽一郎と親交があり、ロンドンフィルの首席指揮者である。

ジーナは48歳(当時)、欧州では著名なピアニストであったが日本では知られていない。おそらく実演を聴いた日本人は少ないだろう。ブラームスを良く弾いた。

愛聴盤 ベートーヴェン:ピアノ4番 グルダ;ウィン・フイル 
                        グールド;ニュウヨークフイル
                        クララ・ハスキル;ロンドン交響楽団
      シューベルト: 交響曲9番 ワルター指揮 コロンビア交響楽団



2013年12月18日水曜日

ロンドン・フィルハーモニ―管弦楽団演奏会サントリーホール1988.10.18
テンシュテット

指揮:テンシュテット
演題
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」より序曲とヴェヌスベルクの音楽
ワーグナー:歌劇「リエンッィ」序曲
ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」より
ワーグナー:楽劇「ニェルンベルグのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲

覚書
指揮者テンシュテットは2年前癌と公表したが、鮮やかに蘇り、今回訪日となった。LPO.は英国の5大オーケストラの筆頭格であるから話題を呼んだ。
心なしかやつれが目立っていた様に思う。
ドイツ・レクイエム  サントリーホール  2003.10.28
ケント・ナガノ
ベルリン・ドイツ交響楽団
指揮 ケント・ナガノ
演題 ブラームス: ドイツ・レクイエムOP.45
      リーム:  記されたものの解説

出演:ソプラノ;ルート・ツィーザク
    バリトン;シュテファン・ゲンツ

ベルリン放送合唱団

50年の歴史をもつベルリン放送交響楽団から、1993年ベルリン・ドイツ交響楽団に改称した。
有名指揮者達の後を継いで、ケント・ナガノは2001年から主席指揮者に就任し、ベルリンの巨匠達と肩をならべ、今や世界に知られる存在となっている。

ナガノが初めて知られるようになったのは、「アッシジの聖フランシスコ」の世界初演の際、メシアンが小沢征爾の助手として彼を指名した時であった。レコーディングも数多い。


「記されたものの解説」の意味は、ブラームスのレクイエムの音楽的な解説をリームが試みたということにある。
ナガノは、この二ッの曲を、一楽章毎に交互に演奏した。

リームの作品は歌詞が無く、言葉のない詩作で、静かで瞑想的であり、聴き手はブラームスの音楽をもう一度かみしめることになる。ケント・ナガノの狙いは見事に的中していた。
声楽ソリスト
戦争レクイエムと俗称されるドイツ・レクイムに新境地を開いた試みであった。

愛聴盤:ワルター指揮NY・PO

2013年12月16日月曜日

バイエルン国立管弦楽団演奏会      
クライバー
 1986.5.11  神奈川県民ホール

指揮:カルロス・クライバー

演題:ベートーヴェン:
              交響曲第四番
              交響曲第七番

 クライバーによってベートーヴェンは現代に甦る。ベートーヴェンの人間的な魅力が現代人を鼓舞する。
クライバーの指揮は健康な明るさと力強い器量の大きさで、音楽芸術をうたいあげる。クライバーの音楽の次元が違うのだ。クライバーの演奏は、情熱と自己主張に貫かれていて、音楽の本質に鋭く迫る。

幸い私は5回クライバーの実演を聞いた。CD・LPも多く、思い出に楽しくつながる。この日の7番は特に出来が良く、世に言う酔っ払いの交響曲が、心地よく、流暢に流れた。

蛇足だが、ロマン・ロランはいう。ベートーヴェンの4番は、「彼の全生涯の最も静穏な日々の薫りをとらえて漂わせている清らかな一つの花である」と。平穏な感情があふれている。

又、7番は酔っ払いの作品と言われているが、たしかに酔っぱらっているに相違ない、ただし自己の天才の実力に酔っているのである。彼は自分自身について言った<おれは人類のために精妙な葡萄酒を醸し出す酒神だ。精神の神々しい酔い心地を人々に与える者はこの俺だ>と。リストは、「この曲はリズムの神化だ」という。
私の学生時代には、ベートーヴェンでもっとも愛聴した曲が7番、4番であった。

4番、7番と共にC.クライバーは録音をしていて、84年録音の四番(バイエルン)、75年録音の七番(ウィーン・フィル)を、私は愛聴している。

2013年12月15日日曜日

バレンボイム・パリ管弦楽団  神奈川県民ホール    1987.4..7
演題
ドビッシー:海

バレンボイム
アルベニス:イベリア(セビリアの聖体とトリアーナ)より

ストラヴィンスキー:春の祭典

バレンボイムは、ブエノスアイレスで生まれ、イスラエ方ルに移住した。ザルツブルグでマルケヴィッチに指揮法を学んだ。1954年彼の演奏を聴いたフルトヴェングラーは「ダニエルは驚くべき天才だ」と絶賛したといわれる。13歳の少年時代の話だ。1975年にパリ管の音楽指揮者に就任し、89年までその成果をあげた。
パリ管を指揮しながらのバレンボイムは、精悍な顔付で、多彩に変化する3曲を振った。
ドヴュシーの海は、ドイツ的なものに反発を抱いていたフランス人としての挑戦として、音色や
響きに光を当て、新しいフランス音楽を形成させた曲となった。
アルベニスでは、スペインの民族音楽の特徴と魅力を備えた独創的な曲を聴くことができる。
「春の祭典」は、エキゾチックな躍動感と、革命的な技法で20世紀への道を敷いた。


バレンボイムは述べている・・・指揮することだけに専念すると演奏そのものの物理的な問題との接触をあっさり無くすることがある。指揮者は音に対する物理的な敏感さを持たなければならない。これがないと鋭く聴きとり判別することができないではないか。それぞれの音に対する様式は、互いに他を補っている。
私にとってはそれらはふたつにわけられるものではなく、(ピアノと指揮は)いわゆるメダルの両面のようなものである。

演奏後出口にいたら、バレン・ボイムが車に乗る為に出てきた。妻がサインを貰った。

愛聴盤
     ハインテック指揮 (アムステルダム・コンチェルトへボー)
      アンセルメ指揮 (スイス・ロマンド) 
     春の祭典
     ブレーズ指揮( NYフィ ル,マルケヴィチ

2013年12月14日土曜日

フィレンツェ五月音楽祭 
 フィレンチェ市民劇場  1997.6.12

指揮者:アルツール・タマヨ

演奏:5月音楽祭オーケストラ

作曲家:ガルニェリ  フェデレ  マンゾーニ  ベルグ  現代作曲家4名

奇妙な音が連続した。初演もあり、作曲者が舞台で挨拶をした。音楽に対するイタリアの文化の幅について考えた。日本では成り立たない、企画出来ないナと思った。


チケット
演目

2013年12月13日金曜日

小澤征爾・新日本フィル演奏会 海老名市文化会館 1986.5.9

指揮:小沢征爾

演奏:新日本フィルハーモニー、  フルート演奏:白尾彰

題:
尾高惇忠;  イマージュ
モーツアルト;  フルート協奏曲第1番
プロコフエフ;  カンンタータ「アレキサンダー・ネフ  スキー」

小澤征爾は聴かせる指揮者である。彼の録音CDからは伝わってこないものが,生演奏から発散される数少ない指揮者だと思う。
彼の指揮棒と体のリズム感は、オーケストラの隠れていた才能までを引き出す、と思う。彼の非凡な才能は、世界の一流指揮者に比して遜色がない。
この演奏会は某大学の記念コンサートとして開催された。