ウィーン少年合唱団の夜 共立ホール ? 2.06(月)
2011年9月13日火曜日
ニコライ・ゲッダリサイタル 藤沢市民会館 1989.4.21
出演:ニコライ・ゲッダ(テナー)
白石隆生(ピアノ)
演題
グリーグ 沈黙の愛
君を愛す
白鳥
夢
マスネ― 目を閉じると
グノ― ナイチンゲールによす
おおきみは何処え
ビゼー 愚者の歌
スペインのセレナーデ
耳に残る君の歌声
ドニゼッティ 人知れぬ涙
ロッシーニ 赤ん坊の歌
ヴェルディ 星に
ジョルダーノ 愛さずにはいられぬこの想い
チャイコフスキー 舞踏会で
何処え行ってしまったのか、私の青春の黄金の 日々よ
覚書
ゲッダはスエ―デンが生んだ世界最高のテノール歌手でカラヤン、ベームなどの指揮者と共演したし、またマリア。カラスや」テヴァルディとも共演している。
素晴らしい美声の持ち主であリ、スーパースターといえる。
沈黙の愛は、ノーベル賞詩人ビヨルンソンの詩による。君を愛すと白鳥はアンデルセンより、夢はハイネからである。
マスネの目を閉じるとは、マノン・レスコからの題材で、甘く切ないアリアだ。
グノ―は、メランコリックな旋律で、楽しめる。
ビゼーは、すべてヴィクトル・ユーゴの詩を作曲したもの。人知れぬ涙は説明不必要の名曲だ。
赤ん坊の歌は、才気とユーモアに満ちた作品、星のメロディは美しく、チャイコフスキーは、オペラ
「ネオーギン」から主人公の決闘を前にした絶唱である。
出演:ニコライ・ゲッダ(テナー)
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| ニコライ・ゲッダ |
演題
グリーグ 沈黙の愛
君を愛す
白鳥
夢
マスネ― 目を閉じると
グノ― ナイチンゲールによす
おおきみは何処え
ビゼー 愚者の歌
スペインのセレナーデ
耳に残る君の歌声
ドニゼッティ 人知れぬ涙
ロッシーニ 赤ん坊の歌
ヴェルディ 星に
ジョルダーノ 愛さずにはいられぬこの想い
チャイコフスキー 舞踏会で
何処え行ってしまったのか、私の青春の黄金の 日々よ
覚書
ゲッダはスエ―デンが生んだ世界最高のテノール歌手でカラヤン、ベームなどの指揮者と共演したし、またマリア。カラスや」テヴァルディとも共演している。
素晴らしい美声の持ち主であリ、スーパースターといえる。
沈黙の愛は、ノーベル賞詩人ビヨルンソンの詩による。君を愛すと白鳥はアンデルセンより、夢はハイネからである。
マスネの目を閉じるとは、マノン・レスコからの題材で、甘く切ないアリアだ。
グノ―は、メランコリックな旋律で、楽しめる。
ビゼーは、すべてヴィクトル・ユーゴの詩を作曲したもの。人知れぬ涙は説明不必要の名曲だ。
赤ん坊の歌は、才気とユーモアに満ちた作品、星のメロディは美しく、チャイコフスキーは、オペラ
「ネオーギン」から主人公の決闘を前にした絶唱である。
2011年9月10日土曜日
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| アン・ロジャーズ |
マイ・フェア・レディ
出演者:
エライザ/アン・ロジャーズ
ヒギンス教授/チャ―ルス・STAPLEY
ドリトル/ジェームス・HAYTER
ミセス・ヒギンス/ZENA・DARE
ピカリング/HUGH・PADDICK
1961年当時、ミュージカルというジャンルはまだ日本では馴染みがすくなかった。
マイ・フェアレディの評判は日本で聞いていたので、出掛けた。折角ブロードウエイに来ているからという気持ちからだ。しかし英語がわからず周囲が笑いこけているのに遅れて笑顔という状態だった。
ウエストサイド物語
ウエストサイド物語は、実は映画を見に行き、実演は見ていない。
帰路LPを購入し船便で送った。バーンスタインの作曲家としての成功作品だ。
ナタリー・ウッドが美しく、歌も上手い。歌は吹き替えなのだらうが調べてみよう。
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| ブロードウエイの田舎者 |
カーニバル
出演者:
LILI/ANNA・MARIA・ALBERGHETTI
ジェムス・ミッチェル
KAYE・BALLARD
GOWER・CHAMPION
BOB・MERRILL
1961年のベストミュウジカル大賞を
得た。主役のリリーが可憐でみていて楽しかった。帰路LPを購入した。聴き入っている。
愛聴盤:マイ・フェア・レディ キリテ・カナワ フレデリック・ロウ
ウエストサイド物語 メル・ト―レ 君住む街
カレーラス/トゥナイト
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| カーニバルのリリー |
2011年9月7日水曜日
おわりに
たまたま投稿中であったブログを、書籍の形にしようと思ったのはごく最近の事です。すべてに計画性が無く、<どうにかなるさ>と過ごしてきた私の忌むべき特性に拠りますが、私には突発的な出来事でした。
さて、脱稿し、読み返してみて、実は今深い虚無感に襲われています。「音楽は聴くもので、解説するものではなかった」という感慨であり、「音楽を言葉で表現すること自体が無意味なのだ」と気がついたからです。
恐らく、読んで下さる方には何も伝えることが出来なかったように思います。ただ人生は一筋縄ではなく、つねに二律背反です。今回の虚無感が、反転して明日のなにか新しい物につながったらいいなと、<どうにかなるさ>流儀で考えました。
今年は我々の金婚式の年です。光陰矢のごとく過ごした50年でした。この小冊子をその記念の一つとして保管しようと思います。ご厚誼にあずかった先輩と友人に感謝しつつ。
たまたま投稿中であったブログを、書籍の形にしようと思ったのはごく最近の事です。すべてに計画性が無く、<どうにかなるさ>と過ごしてきた私の忌むべき特性に拠りますが、私には突発的な出来事でした。
さて、脱稿し、読み返してみて、実は今深い虚無感に襲われています。「音楽は聴くもので、解説するものではなかった」という感慨であり、「音楽を言葉で表現すること自体が無意味なのだ」と気がついたからです。
恐らく、読んで下さる方には何も伝えることが出来なかったように思います。ただ人生は一筋縄ではなく、つねに二律背反です。今回の虚無感が、反転して明日のなにか新しい物につながったらいいなと、<どうにかなるさ>流儀で考えました。
今年は我々の金婚式の年です。光陰矢のごとく過ごした50年でした。この小冊子をその記念の一つとして保管しようと思います。ご厚誼にあずかった先輩と友人に感謝しつつ。
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