2015年1月3日土曜日

メロス弦楽四重奏団結成25年記念コンサート

サントリー小ホール  1990.3.26

メロス・カルテット
出演

第1ヴィオリン:ヴィルヘルム・メルヒャー

第2ヴィオリン:ゲルハルト・フォス

ヴィオラ:ヘルマン・フォス

チェロ:ペーター・ブック

演題:

ベートーヴェン  弦楽四重奏曲第13番OP150

ベートーヴェン  大フーガ変ロ長調OP133

シューベルト   弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D.810[死と乙女」

「メロス」の名は、メルヒャーとフォスを融合したものだ。スメタナ、アマデゥス無きあと現役として最高の技量を持っている。彼らの演奏は、一貫して暖かく、みずみずしい感性がある。私は大好きなモーツァルトのハイドンセットをメロス(1977年録音)で聴くが見事な演奏で飽きない。
ベートーヴェンの2曲は元同じ曲であったが、長すぎでフーガのみ独立させた。13番の第5楽章はベートーヴェン自身が特に感動して書いたと言われており、絶妙な美しさをもっている楽章である。

「死と乙女」は、シューベルト独自の歌謡性を持つ、ロマン的抒情と、しかも力強い音楽であり、シューベルトでもっとも演奏回数の多い曲である。短調の暗さが乙女の死を美化している。私はこの曲が大好きで毎朝きいて仕事にでかけるという人を知っていた。その人はある朝上から下まで黒衣装ででかけ仕事場で倒れ亡くなった。不思議な出来事であった。

バイエルン国立歌劇場[コシファントッテ」を回想する

東京文化会館   1988.12.07
第一幕

歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」全2幕

作曲:モーツアルト

指揮:ウオルフガング・サヴァリッシュ
出演:フイオルデイリージ:ユリア・ヴィラディ
ドラヴェルラ:トゥルデリ―ゼ・シュミット
デスピーナ:ジュリー・カウフマン
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団

サヴァリッシュは3度目の来日、1964年NHKを指揮し、いらい定期演奏会の常連指揮者となったが82年からバイエルンの総監督となり堅実な旋律、繊細な音の演奏でファンを魅了した。
サヴァリッシュの指揮:彼の指の美しさは格別である。指先から音が流れる。

サヴァリッシュ
モーツアルトは、この時期妻コンスタンツェとの葛藤があり、コシファン・トゥッテの背景が整っていた。
「女はみなこうしたもの」この音楽の自然発生の要素が傑作を生んだとみることが出来る。

ベートーヴェンをしてあまりにも軽薄と言わしめた,ふざけた筋書きだが、男女4人の愛の綾が最後は喜びと涙で終わる。


ユリア・ヴィラディ





ユリア・ビラディは、F.ディスカウと結婚、美人だ。歌唱力も良く、曲の分析力にもすぐれている。
モーツアルトのオペラにはヴェルディやプッチーニに無いふざけた唄が多い。仮にこれをモーツアルトのロマン主義と呼ぼう。
ドン・ジョバンニの「奥さん、これが恋人のカタログ」、フィガロの「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、魔笛の「可愛い娘か女房がいれば」等々枚挙に暇なしである。
モーツアルトの音楽が広く現代に愛好されているのは、このロマン主義にもよるものではなかろうか。

ベルリン放送交響楽団演奏会

サントリーホール 1991.12.16

指揮:ハインツ・レークナー

レークナー
演目
モーツァルト/フリーメーソンの葬送音楽K.477

モーツァルト/モテト「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618

モーツァルト/レクエムニ短調K.626

覚書
指揮者のレークナーは、1984年から5年間読売日本交響楽団の常任指揮者だった。つねに説得力を持ち、作品の本質にせまる演奏をする。すでに18年にわたりベルリン放送交響楽団を務め、ドイツ的伝統を守りつずけている。

演題は、晩年のモーツァルトの作品を並べた。

フリーメーソンの葬送音楽は、(フリーメーソンとモーツァルトとの関わりは、かなりの憶測を後世に残しているが)、この曲は2人の有力なメンバーの告別式のためつくられた。彼のフリーメーソンへの信条をも示す作品である。

モテットは妻コンスタンツェの世話をしてくれた人のために書かれたものだが、モーツァルト晩年の円熟と明晰な美しさをもついい曲である。妻が大好きにしている。

レクイエムは最後の曲で、映画でも有名になった。未亡人コンスタンッエの依頼で弟子ジェスマイヤーが補完した。aityouki@blogspot.com

ウィーン交響楽団1986年末ベートーヴェン 第9番を回想する

ゥィーン交響楽団   1986.12.31

ウィーン・コンチェルト・ハウス

ベートーベン:交響曲  第9番  OP125  


休憩時のひととき
シュミット夫人の手配により、年末の恒例9番にたどり着いた。

指揮者:PETER SCHNEIDER

演奏:ウィーン交響楽団

ソプラノ: ANA PUSAR
アルト:  MARGARETA HINTERMEIR
テナー:  ジェームス・キング
バス:   RUGGERO RAIMONDI


日本では恒例の9番だ。「歓喜の歌」で今年を終わろう。
指揮者のシュナイダーは、85~87年バイエルン国立歌劇の音楽監督を務めていた。ソリスト4名は当時のベストメンバーといえる。ジェームス・キングは高音域で張りと伸びのあえる声で名高く、歌唱力を伺わせた。ソプラノのANA.PUSARは、透明感のある声量で貫禄があった。

ベートーヴェンは54歳、真の歓喜をうるため自分自身を叱咤し立ち上がった。この曲は終結部のシラーの頒歌[歓喜に寄す」にむけ第3楽章まですすみ、オオ!フロイデ!とバリトンのソロが始まリ魂を引き裂く。そしてベートーヴェンは昇華される・・・

 再考のため、シラーの{歓喜に寄す}の一部を記す。

<おお友よ!この調べではなく、さらに心地よい、さらに歓びに満ちた調べを、ともに唱おう。
全てこの世にある者ら、自然の胸から歓びを飲み、すべての善人も、すべての悪人も、歓びの薔薇の小道をゆく。
そして最後合唱は、ひれ伏して祈るか?億万の人々よ、創造主を心に感じるか?世界の民よ。星空の彼方に、主をさがし求めよう!星達の上に、主はすみたもうのだ!>で終わる。

だが私は,「歓喜に寄す」が、運命への抵抗と激しい悲しみの叫びに聴こえる。彼は快癒への最後の望みも断たれ、自ら命を断とうとする危険の淵に立たされていた。、ただ不屈の道徳心のみが彼を支えていた。

彼の「ハイリゲンシュタットの遺言」から引用しよう。

「私を支えてきた最も高い勇気も今では消え失せた。おお、神のみこころよ。たった一日を。真の歓喜のたった一日を私に見せて下さい.真のよろこびのあの深い響きが私から遠ざかってからすでに久しい。おお我が神よ、いつ私は再び悦びに出会えるのでしょう?・・・その日は永久に来ないのですか?…否、それはあまりにも残酷です!」

また、遺言には、「このままではとうていやりきれない。-運命の喉元をしめつけてやる。
断じて全面的には参ってやらない。おお、人生を千倍にも生きられたらどんなにいいか!」
と書いている。あと700年生きたい人もいたが、べートーヴェンは、なんと1000倍だ!

交響樂第9番は、ベートーヴェンの最後の魂の叫び声に聴こえる・・・

終了後、STADTKRUG(レストラン&バー) で年越し。ジプシー3名の音楽演奏は何やらもっぱら我々の方に向けている。チップの額に頭を使った。来年は、いい年でありますよう!乾杯!

アンナ・プサー
指揮者シュナイダ

2015年1月2日金曜日

ケンプ告別ピアノコンサート を回想する

 東京体育館     1954.11.24

演題

バッハ/ピアノ協奏曲ト長調

モーツアルト/ピアノ協奏曲ニ単調

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番 皇帝


 昭和29年11月は、私は大学入学試験勉強中であった。昭 和11年初来日したが、今回は戦後の初来日で10回演奏した。既にベートーヴェン弾きとして世界で活躍、なかでも{皇帝」は定評があり、聴き惚れた。10回におよぶ来日のため日本にフアンが多い。

情緒豊かで、しかも、 崇高な音楽を聞くことができた。学生時代、ケンプの弾いた月光・情熱・悲愴の録音LPは宝物で大事にしたものだ。
ベートーベン弾きで名高い彼の皇帝はLPで聴き慣れていた私の耳に何の抵抗もなく入り、楽しむ事が出来た。
ケンプは人気があり、チケットを得るための行列ができた。

「人生は無数の対位法を伴いながら、同一主題を奏する唯一のフーガではなかろうか?」と彼は言っている。

彼のLPレコード:グラマホンLGM114は、我が学生時代の宝物であった。今再聴してみると真に素晴らしい演奏で間然するところが無い。盤は分厚く重い。A面が「月光」・「悲愴」、B面が「情熱」である。慣れ親しんだ友なのだ。

愛聴盤:
モーツアルト: ピアノコンェルト20番: 内田光子・ハスキル(4種)・ブレンデル・ゼルキン・グルダ・ぺライァ
 ベートーヴェン 5番皇帝 シュナ―ベル指揮 ロンドンSO.ゼルキン

ブレンデルピアノ独奏会を回想する

  神奈川県民ホール  1988.10.12

演題:
モーツァルト;デュポールのメヌエットによる九つの変奏曲KV.573

ブレンデル
ブラームス;主題と変奏 作品18

リスト;バッハの主題による変奏曲

シューベルト;ピアノソナタ第二〇番、D959


巨匠ブレンデルは、膨大な録音を残した。1931年生まれの彼は当年57歳、円熟期の音を聴かせた。特にリストは、精密に裁てられた音楽分析の上での精妙巧緻な名演であった。

私はブレンデルを思う時、丹念に音を拾い、けっして奮い立たず・・・演奏技実は高度、と言った彼の音楽とともに、政治、芸術、哲学についても一家言を持っているということである。これはウィーン的とか、ベーム、ウィーンフィル、から想起するウィーンの音楽家のモデルとは、少々違うと思う。調べると彼は青年時代を「小ウィーン」と呼ばれているグラーツで過ごしている。私はキャサリン嬢(前出)の案内でグラーツへ行った事がある。音楽水準の高い小都市でありながら、あきらかに華やいだウィーンとは異なっていた。
ブレンデルのピアノは、ウィーンに対する小都市グラーツの音楽なのでは・・と思う。ウィーン育ちのグルダ達とは違うのだ。

モーツァルトの曲は、ベルリンの宮廷室内樂長のデュポールの作品から主題を得て、即興的に作った曲である。

ブラームスの主題と変奏は、かれの意中の人、クララ・シューマンの誕生日を祝って書かれた作品である。

リストの曲は、名のとうりバッハの作品から素材を得た創作であって、反復低音による主題を多彩に変奏した作品である。

シューベルトの20番ソナタは彼の死の半年前に書かれた最後の作品3曲の内の1曲である。
最高のピアノ曲だ(内田光子の演奏稿を参照されたい)。

ウィーン・フィルハーモニー管弦樂団演奏会 を回想する

  ザルツブルグモーツァルト音楽祭・東京)1991.3.12サントリーホール

指揮:ハ―ガ―
指揮:レオポルド・ハーガー

ピアノ:シュテファン・ヴラダ―

演題モーツァル

交響曲25番ト短調K.183

ピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503

交響曲第41番「ジュピター」ハ長調

25番は、内面的な深みと切迫した表現が見事な作品で、あの名曲40番と共通する要素が潜んでいる。すなわちモーツァルトの中で何回も燃え上がった情熱的で鬱蒼とした気分が、最も激しく表現されている。モーツァルトの世界が展開されている。

「ジュピター」交響曲は、悲愴美で知られる40番から、わずか半月後につくられた、まったく対照的な曲で、輝かしい生命力の高揚と力強いエネルギーの燃焼は、生きる勇気と希望を与えてくれる。音楽が生み出した形而上の最高作品であろう。










リヒテルピアノ独奏会(ベートーヴェンの夕べ)を回想する

リヒテル
   日比谷公会堂   1970.10.02


作曲:ベートーヴェン

ディァヴェルディ6ッの変奏曲OP.34

創作主題による6ッの変奏曲OP.76

15の変奏曲とフーガOP.35(エロイカ変奏曲)

ディアベルリ変奏曲OP.120


OP.34は、有名なハイリゲンシュタットの遺言の書かれた年の作品である。同時にエロイカ変奏曲も書かれた。丁度第3交響曲エロイカの時代で命名は後世である。OP.76は、別名(トルコ行進曲を主題とする変奏曲)と呼ばれていて、ロシア民謡からヒントを得て書かれたらしい。

ディアベルリは、演奏時間が50分という異例の長さで、変奏曲としてはバッハのゴールドベルグ並みであり、演奏技巧のあらゆる可能性を試みているとされる。

私は当時「幻のピアニスト」と言われていたリヒテルに畏敬の思いがあり、1961年アメリカで、「カーネギーホールのリヒテル」というMONOラルLP(SONC)を10枚ばかり購入した。なぜか不思議にリヒテルと通い合うことがあるからです。素人の私にリヒテルを論じる資格がないので、参考に、山根銀二さんの「リヒテルの音楽」を引用します。

「リヒテルの音楽を本質においてなりたたせているのは心の力です。中略・・・
人間のやる音楽には心があり、その心がこもっているほど音楽は立派になるのです。こうゆう簡単な原理をリヒテルの演奏は再認させずにはおかない心の言葉があることがの特徴であり、名声を得た理由であると思われます。
例えば戸外から聞こえてくる遠くの村の祭りの音も、窓辺に鳴く虫の声も、彼の手にかかると、なにか深い意味をもった生命の響きに変わってしまい、あの即興的な自然描写が一大交響曲のように豊かな音楽になってしまうのです。そのあとでは誰の演奏、レコードをきいても、そうゆうことはありません。」


最近私は、ユーリー・ボリゾフ著「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)を読んだ。

リヒテルの芸術に対する見識は音楽のみに限らない。
文学では、チェーホフ、プルースト、トーマス・マン、ゴーゴリ、絵画では、フェルメール、ピカソ、シーレ、ダリ、そしてコクトー、フェリーニ、黒澤明の映画、シエイクスピアの演劇、世界の建築など、あらゆる芸術・文化が幅広い関係を示す幾多のエピソードとともに語られている。博識と鑑識眼の鋭さに驚く。

中でも音楽に対する見識は独特であり、シューベルトのソナタはプルーストの小説に似ているといい、スーラの点描はチャイコフスキーだという。著書の第1ページが彼の好きな抽象画で、内容は啓発的で示唆に富んでいる。

今私は、かってリヒテルが茅ヶ崎市民ホールで演奏した際、キャンドルをピアノの上に置き、自らの顔を浮かび上がらせて弾いたことを思いだす。彼独特の美意識に基づいていたのかも知れないと気付いた。彼の弾く「バッハ平均律全集」ほど静かな朝に相応しい音楽は無いと感じ、幸せな時を送るのである。

マウリツイオ・ポリーニ・ピアノ演奏会を回想する  

東京文化会館                 1989.4.19

ポリーニ
演題

ブラームス:4つの小品OP.119

シェーンベルク:3つのピアノ曲OP.11

シュトックハウゼン:ピアノ曲第5、第9

ベートーヴェン:ソナタ29番OP.106「ハンマークラヴィア」

6度目の来日である。天才ピアニストポリーニも47歳となった。レコードでシェーンベルク、シュトックハウゼン、ベートーヴェンは聴いていたが、ブラームスは、私には初めてであった。ミケランジェロのダヴィデ像のような彫塑的なブラームスで、落ち着いた華麗さに溢れていた。

ポリーニは、20世紀後半の音楽との取り組みが深い数少ない巨匠であり、今日のシェーンベルク、シュトックハウゼンのほか、ノーノ―などの音楽に積極的に関わっている。どこか哲学を感じる芸術家だ。

2002年彼は音楽に対する講演会を行ったので、私は2晩通ってその講義を受講した。懐かしい思い出だ。あの頃の自分は純だった様にも思う。なお、ポリーニについては,別稿(1993.4.27)を参照されたい。

バイエルン放送交響楽団演奏会 

 東京文化会館              1988.5.13

コーリンデーヴィス
指揮:コーリン・ディヴィス
演題:

R.シュトラウス 交響詩「ドン・ファン」

ハイドン 交響曲第99番

ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」OP.67

ドン・ファンの筋書きは、他稿で書いた。標題音楽を確立したのは、シュトラウスの功績のひとつだ。
ドン・ファンを表わす旋律は3ッある。1.情熱に駆られて走るドン・ファン 2.美しい女性に魅了され求愛するドン・ファン 3.そして自嘲するドン・ファンである。

ハイドンの99番は楽章構成で自由さが目立ち、ベートーヴェンの交響樂に大きな影響を与えた。
「運命」は、「運命の動機」のモチーフが全曲を貫く。運命はこの様に戸をたたくという4音の積み重ねが緊迫感を生み、最終の歓喜の歌に繋がってゆく。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団演奏会

神奈川県民ホール  1994.10.4

ショルティ
指揮者:ショルティ

ピアノ:ライーナー・ロイシュニッヒ

演題

ストラヴィンスキー バレエ「ぺトルーシュカ」

チャイコフスキー  交響曲第6番ロ短調「悲愴」OP。74


ショルティは7回目の、ウィーン・フィルは12回目の来日という。ウィーン・フィルは1956年ヒンデミット指揮での初来日以来、カラヤン、ベーム、マゼール、ムーティ、ドホナニ―、アバト指揮でその艶やかな弦の響きを聴かせた。


私は、1956年の初来日を聴いている。まだ学生であったが、たしか有楽町の東京宝塚劇場?あたりで聴いたと覚えている。最後に(アンコール?)アイネクライネを聴いたが、弦の美しかったことを覚えている。

ストラヴィンスキーの「ぺトルーシュカ」は、「火の鳥」「春の祭典」とともに彼の三大バレエ音楽の代表作である。3体の人形の一つが踊り子に恋する話。最後は亡霊となる。

チャイコフスキーの「悲愴」は死の年に作曲した。彼は「筆を進めながら幾度ともなく泣いた」と述べているが、絶望的な悲愴感を曲全部に漂わせている。学生時代には特によく聴いたものだ。

マリア・ジョアオ・ピリス演奏会を回想する


サントリーホール 1994.7.19
ピリス

演奏:ピアノ/ピリス

演題:

グリーグ:抒情小曲集第3集OP.43

モーツァルト:ソナタ変ロ長調K.333

シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化

シューマン:子供の情景

ピリスはリスボン生まれで、今年50歳になった。私は1974年録音の「ピリスモーツァルト・ソナタ全集)を持っていて、そのピアニシモの美しさに驚嘆していた。レコードジャケットのピリスの写真は、可憐な少女の顔立ちであり、もっと若い人だとおもつていた。

モーツァルトのK.333は、メロディが美しく、ききがいのあるモーツァルト最盛期の作品である。

シューマンの「子供の情景」は、彼の代表作となったが、28歳の時の作品であり、愛するクララ・シューマンへの手紙は「シューマンの情景?」が記されている。すなわち「以前あなたはよく、僕の事を子供みたいなところがあると言っていましたね。多分その言葉の余韻の様なものが残っていたのでしょう。今僕は丁度そんな気持ちで30の小曲を書き、その内から12曲を選んで「子供の情景」と題しました。・・・」

私には、あの(ピリスのジャケットの少女)と、(シューマンの子供の情景)が重なって想起されるのである。

2015年1月1日木曜日

英国ロイヤルオペラ「フィガロの結婚」を回想する

神奈川県民ホール  1992.7.26 

左からスザンナ・フィガロ・ケルビーノ
指揮ジェフリー・テイト

演奏:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団
合唱:ロイヤルオペラ合唱団

配役:
フィガロ/ルチオ・ガロ

スザンナ/マリー・マッグロッフリン

バルトロ/グイン・ハウエル

ケルビーノ/クリスチャーヌ・オーテル

アルマヴィーヴァ伯爵/トーマス・アレン

伯爵夫人/レッラ・クベルリ

ロイヤルオペラは、ウィーン国立、ミラノスカラ座、メトロポリタンと並ぶ世界のオペラハウスだが、国家丸抱えのウィーン、ミラノに比べ財政不安である。音楽監督にハイテインクが就任してから、彼の努力により、改善されたと言う。

コヴェントガーデンの弱点は合唱であることは広く知られるところだ。カルロス・クライバーの客演を請う為彼の示した条件をすべて準備したが、合唱が心もとないという理由で逃げられてしまった。

この不名誉を挽回すべく近年この弱点改善がなされている。

ミッシャ・マイスキー演奏会 を回想する

 茅ヶ崎市民文化会館 1999.3.14

ピアノ:ダリア・ホヴォラ

ベートーベン: ソナタ第1番へ長調

フォーレ:悲しみ
      川のほとりで
      ゆりかご
      夢のあとに

フランク:ヴィオリン気まぐれな婚約
      ハートのクイーン            
      愛の小道

サンサーンス:ソナタ第一番

マイスキーの演奏姿勢はひたすらで、音楽に妥協をゆるさない。耽美的なまでに美的な情緒をもつ。
ユダヤ人であったため投獄され苦しい生活の後ソ連からアメリカに亡命した。それらの苦労が逆に彼の演奏の活力となった。アルゲリッチとの共演で名盤を残した。


愛聴盤:マイスキー: ドヴォルザーク OP104 イスラエル  PH. バーンスタイン指揮  ブロッホ へブラ狂詩曲 

ドイツ・バッハ管弦楽団演奏会

サントリーホール   1989.12.6
 
ゲンネンヴァイン
作曲モーツァルト

指揮ウオルフガング・ゲンネンヴァイ

演題

交響曲第41番「ジュピター」K.551

「レクイエム」 K.626

ゲンネンヴァインは、南ドイツの出身でこの地方独特の素朴な人情を音楽に反映させていると言われる。そうしてヨーロッパ文化の伝統と本質に根ざした永遠なるものの追求者である。

「ジュピター」は、モーツァルトの最後の交響樂だ。
序奏なしで第一主題がはじまるが、緊張感のなかに清楚な旋律だ。
終楽章が力強く終わると、何かをなしとげたような気分になる。私には生活のリズムを付けてくれる曲である。

「レクイエム」は、最後の病床にあって8小節めで絶筆となり、弟子ジェスマイヤーが妻コンスタンッエの求めに応じてその後を完成させた。
曲全体を貫く通奏低音は、荘厳の上に哀しい。数あるレクイエムのなかでも、最も愛されている曲であろう。いはばモーツァルトの遺言書なのである。
 

   


マーラー・交響曲第10番アダ―ジオ・交響曲「大地の歌」を回想する

サントリーホール   1991.11.16

ベルチーニ
指揮:ガリー・べルチィニ

出演:テノール/ベン・へプナー

    アルト/マリアナ・リポプシェック


第10番は、5楽章の構成の計画だったが、第1楽章の完成の後果たせずアダ―ジオのみ残された。

大地の歌は、李白、孟浩然など漢詩の独語訳を基にマーラーの世界観を表わした作曲である。第9番交響曲とすべきところを縁起をかずいて大地の歌となずけた。その後書かれた第9番の1年後、死去しているので縁起は生きていたのである。

大地の歌の最終楽章は「告別」でマーラーの死に対する思いが反映されている。「永久に、永久に・・・」と消えていく声でおわる。初演は親友ワルターによりマーラーの死後6ヵ月であった。マーラーは生存中に聴けなかったのだ。初演は親友ワルターであった。

愛聴盤:「カースリン・フェリアの」大地の歌」ワルター指揮:ウィーンフィル

ボローニア歌劇「ドン・カルロ」を回想する

神奈川県民ホール  1998.10.11

作曲ヴェルディ

指揮:ダニエレ・ガッティ

配役

エリザヴェッタ―・ディ・ヴァロア/ダニエラ・デッシー

ボローニア歌劇場
エポリ公女/グロリア・スカルキ

ドン・カルロ/アルベルト・クビート

フイリッポ二世/ニコライ・ギャウロフ

ロドリーゴ/バオロ・コ―ニ

ドン・カルロは、悲しいオペラだ。登場する全ての人物が満たされぬ苦悩をもっている。しかもオペラの終わりまで望みが満たされず、希望は実現しない。
登場人物だけではない。作曲家ヴェルディは、統一された愛するイタリアの現実に失望する。その悩みの中から「運命の力」につずき「ドン・カルロ」が生まれた。

指揮者ガッティは、ミラノ生まれで27歳でミラノスカラ座にデビュー、以来数々の歌劇場の首席指揮者を歴任し、2016年からコンチェルトへボウ管弦楽団の首席指揮者に就任予定である。


私は、井上ひさしが書いた「ボローニア紀行」を読んだ。ボローニアは知的な教育の街だ。ここには歴史に流されないどっしりした人間の営みがある。だからボローニア歌劇は2百数拾年生きながらえてきたのだろうと思う。




マタイ受難曲BWV244を回想する

ゲヴァントハウス管弦楽団    1990.12.5  オーチャードホール



作曲ヨハン・セヴァスティアン・バッハ
合唱聖トーマス教会合唱団
管弦楽ゲバントハウス管弦楽団
指揮:ハンス・ヨアヒム・ロッチュ

独唱
ソプラノ/レギーナ・ヴェルナ―
アルト/ローズマリー・ラング
テノール/ペーター・シュライヤ―
バス/テオ・アダム
バリトン/ゲオルグ・クリストフ・ピラー

聖トーマス合唱団の歴史は古い。1212年の修道院学校の設立に始まる。1723年からバッハがこの指導にあたった。毎週日曜日にはゲバントハウス管弦楽団員が参加しミサを共演する。ここにヨーロッパの文化伝統を感じる。

受難曲の構成
テノール歌手が担当する福音史家により、イエスの言葉はバス独唱により朗唱され、受難曲の骨格を形成してゆく。福音史家が簡単な通奏低音のみにより伴奏されるのに対し、イエスの言葉は弦楽合奏の美しい和音に彩られその対比は見事である。四声帯の簡単な合唱のコラールは教会の讃美歌で、受難の物語の進行のなかで、それぞれの場面に対する信徒の思いを吐露するかのごとく、感慨深く唄われるのである。


受難曲の全体は二部から構成され、第一部は壮大な二重合唱として開始される。キリストと人類の苦悩を象徴するオーケストラの音楽に乗って、「来たれ、汝ら娘達、我が嘆きをたすけよ。」「誰を」(その花婿を)と唄われる対話、その劇的効果は聴かなければ解らない。イエスは自ら十字架上の死を予言、ユダの裏切り、最後の晩餐、イエスの逮捕で第一部は終わる。


最後の合唱曲「涙と共にうずくまり、墓の中の貴方を呼ぶ」は、ぬかずくような身振りを伴った美しい葬送音楽として、「いこえ、やすらかに、やすらかにいこえ」と、感動的に受難曲をしめくくって終わる。
(樋口隆一氏マタイ受難曲参照)




ペーター・シュライアー;福音史家役



テオ・アダム;イエス役
愛聴盤
1.カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団(ディスカウ)
2.クレンぺラ―指揮フィルハーモニー管弦楽団(ディスカウ、シュワルッコップ)
3.フェルトヴェングラ―指揮
ウィーン・フィル管弦楽団(ディスカウ)
私は、1.のリヒターが一番いい。






入場券





ベルリン祝祭交響楽団を聴く 

 ベルリン     1961・10・05
ソリスト:GERTY・HERZOG

指揮者 ローリン・マゼール

 バイオリン演奏者HERZOG

演題:  

JUAN CARIOS PAZ; 1960年の

BORISBLACHER; クレメンティ主題によるバイオリン交響曲

ベルリオーズ; 幻想交響曲

ローリン・マゼールは、1930年生まれ、トスカニーニに見出された。11歳でNBC交響楽団でデビューした。活躍最中若くして溺死した。
BORIS BLACHER

「バイエルン国立ガラ・コンサート」を回想する

サントリーホール1992.11.18

サヴァリッシュ
演題

リヒアルト・シュトラウス/愛に寄せる讃歌OP71より・・・ペーター・ザイフェルト

リヒアルト・シュトラウス/四ッの最後の歌・・・ユリア・ヴァラディ

リヒアルト・シュトラウス/二つの歌・・・ヤン・ヘンドリッ

リヒアルト・シュトラウス/二つの大きな歌OP44より・・・ヤン・ヘンドリック

リヒアルト・ワーグナー/ヴェ―ゼンドンクの五ッの歌・・・マリヤーナ・リボヴェシェック

リヒアルト・ワーグナー/ブルンヒルデの自己犠牲・・・ジャニス・マルティン

指揮:ウォルフガング・サヴァリッシュ

演奏:バイエルン国立管弦楽団

四ッの最後の歌はシュトラウスの死の一年前に作曲された最後の作品で、死を予感した諦観の心境を、隠さず歌に託している。
私はこの歌を名手シュワルッコップの唄う盤(ベルリンフイル)で聴いている。四ッは、春、九月、眠りにつくとき、夕映えのなかで、の四曲である。この録音は最盛期のシュワルツコップの美しい声が聴かれる名盤である。